世界の果てまで僕らは逃げた

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    *  それから何日経ったのでしょうか。  歩き続けた僕らは、海に辿り着いていました。  夏の日差しを受けてきらきらと水面をきらめかせる海を目にし、この時ばかりはずっと険しかった佐々木の表情も和らぎました。  佐々木は海のある土地の出身なので、懐かしさとともに安堵を覚えたのでしょう。現実が何一つ変わらなくとも、魂に染み込んだ懐かしさは心を癒してくれるのです。  僕はと言えば海のない土地の出身でしたが、だからこそ海という雄大なものへの憧れを強く持っています。心が落ち着く――というよりは、はしゃいだような気分になっていました。  張り詰めた気持ちが穏やかになった佐々木と、浮かれ気分を得た僕。  何も起きていなければ、これはきっと夏のバカンスのようであっただろうなと、僕は思いました。  近くに街は無いようで、人の気配はありません。 「だからと言って油断はするなよ。こんなにひらけた場所だ。空から捜索されたらすぐに見つかる」 「ヘリコプターの音はしないみたいだけど」  耳をすませてもけたたましいプロペラの音は聞こえてきませんでした。 「ヘリじゃなく、ドローンをいくつも飛ばしているかもしれないぞ」  そうだったら、怖い――そう思いながら、それでも僕らは海に向かう足を止めることはありませんでした。  気づけば僕たちは靴を脱ぎ、太陽で焼けた砂浜を駆けていました。  歩きづめで汗だくになってひどい匂いを放つ服を着たまま、海に飛び込んでいったのです。この時ほど爽快な思いをしたことはありません。  そう、これまでの人生のどの瞬間を思い返してみてもこの時の高揚と幸福感はなかったように思えます。  ーー僕も佐々木も、きっともう諦めていたのかもしれません。  それが翻って妙な楽しさを生んでいたように思います。  情報も技術も発達しすぎたこの世界において、隠れられる場所などおそらくどこにもないでしょう。  であればその発達したというご自慢の技術のみでどこかの仮想空間で争いをすれば良いものを、それは出来ないらしく、僕には不可解でしかありませんでした。  戦争をするには生身の人間同士が傷つけ合い、殺し合うのがセオリーであるようです。  僕と佐々木は、その浜辺でしばらくの時を過ごしました。  焚き火もしましたし、採った魚を焼いて食べもしました。  最後の晩餐に食べたいものは? と飽きるほど平和だったあの頃、そんな問いかけを友達としたことがあります。  とんでもなく贅沢な料理を挙げる友人や、母親の手料理、と答える友人がいました。大好物の唐揚げを山盛り食べたいという馬鹿な回答もありました。  くだらなく、美しい日々だったのだと嚙みしめるように思い出します。  佐々木はこれで良かっただろうか、と僕は思いました。  焚き火の橙色にちらちらと照らされる精悍な顔つきは揺るぎのない信念を持っているように僕には見えていましたが、佐々木も僕と同い年の子どもでしかありません。  泣き出すことも恐怖に震えることもない佐々木を見ながら、佐々木はこれで良かったのだろうかと、僕はずっと気にかかっていました。  僕は――あれで良かったのです。あれ以上の晩餐はきっとどこにも存在しないし、これから先も食べることはできないと思っています。  けれど……佐々木はあれで満足だったでしょうか。
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