第一話 玄翠蘭の死

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 ……後宮に持ち込めるものを確認しなければいけないな。  武具を持ち込むのは難しいだろう。  皇帝を害する可能性のあるものは持ち込めない規則となっている。  しかし、自己防衛の為であり、後宮入りをしても修練を続けなければならないとそれらしい言い訳を並べれば、ある程度のものを持ち込むことはできるかもしれない。 「香月お嬢様」  本邸にある自室の戸を開ければ、そこでは既に荷造りが始められていた。  必要最低限の荷造りが済み次第、宮廷に向かう手筈になっているのだろう。 「最低限の荷物と共にお嬢様は宮廷入りとなります。その後、速やかに花嫁道具となるものたちをお運びいたします」  気難しいそうな顔をしながら、現状の説明をするのは乳母だった。  香月の乳母であり、嵐雲の実母でもある侍女頭の(ワン) 雲婷(ユンティン)は淡々とした口調で告げた。 「わかった。父上の指示に従い、速やかに準備を続けよ」  香月はそれを否定しない。  愛用の品が次から次へと箱の中に収められて、運ばれていく。玄家の次期当主として期待された日々の思い出に心を馳せる暇もなく、香月は賢妃になる為だけに自室を去ることになる。  それがどうしようもなく、寂しく思えた。  ……母上は知っているのだろうか。  玥瑶の許しを得ずに物事が進んでいるとは考えにくい。  しかし、玥瑶が香月の様子を見に来る気配はない。  ……我が子よりも憎き妾の相手か。  目を閉じて、神経を尖らせる。  本邸全域に意識を向ければ、会話などは聞こえなくとも、標的がどこにいるのか把握することができる。しかし、それにはかなりの集中力が必要となる。 「お嬢様。瞑想をするのにふさわしい場所を用意いたしました。こちらをお使いください」  なにかを探ろうとしていることに気づいたのだろう。  雲婷は、部屋の荷物を運び出すのに支障のない場所に椅子を用意し、香月を誘導する。雲婷の声は香月の支障にならない。物心つく前から聞いている声も慣れ親しんだ気配も、香月にとって大切なものだった。  だからこそ、目を閉じたまま、雲婷の誘導に従った。  雲婷が香月を害するはずがないと信じている証拠だった。
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