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翌朝、香月は初めて修練を休んだ。
玥瑶が香月を訪ねてきたからだ。当然のように香月が賢妃に選ばれたことを知っていた玥瑶は、別れを惜しむかのように香月の自室に姿を見せた。
……白々しい。
香月は表情には出さないが、玥瑶の白々しい下手な演技に付き合うつもりはなかった。
昨夜、玥瑶がなにをしていたのか、香月は知っている。
自身の目で見たわけではないものの、玥瑶が翠蘭の実母、楊 林杏に対し、非道な言葉を投げかけ、心を壊そうとしていたことを知っている。
それらを浩然に告げ口をするつもりはない。
翠蘭の死が明るみに出れば、林杏は玄家の居場所を失う。
数十年前に楊家から縁を切られている林杏には行く場所もなく、心の支えであった最愛の娘はこの世にいない。
そうなれば、林杏は自らの命を絶つかもしれない。
それらはすべて浩然の手のひらの中で起きたことだ。
後宮入りが決まった翠蘭が逃げ出さないように、人質としての価値があった林杏を手元に置くことにしたのだろう。
……父上の意図の一つさえもわからない、かわいそうな人だ。
玥瑶は玄家の当主になれなかった。
それは当主としての素質が欠けていたからだ。
それを理解せず、未だに当主の座に縋りつこうとしている母の姿は化け物のようにさえ思えてしかたがなかった。
「私のかわいい香月。どうして、お前が賢妃にならなければならないのか、この母は悲しくてしかたがありません」
玥瑶の言葉は嘘ばかりだ。
しかし、従者たちは玥瑶が香月の後宮入りを耳にして動揺を隠しきれていないのだと都合のいいように解釈をすることだろう。
……賢妃になることを嘆いているのは事実か。
玥瑶の実子は複数いる。
その中で、もっとも次期当主の座に近かったのは香月だ。
自らの血を引く子どもを当主の座に座らせたい玥瑶にとって、香月の後宮入りは寝耳に水だった。
決定事項を覆す権力は玥瑶に与えられていない。
その為、玥瑶が香月の後宮入りを知ったのは、すべてが決まった後だった。
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