私はそれを「魔法」と呼ぶ

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 その人は、突然現れた。 「あなたが、魔道の子ね」  耳に心地いい、やわらかな声だった。  父さんとレティ以外の人が来るなんて、はじめてだ。しかも私を魔道の子と知っていて、会いに来たらしい。おそるおそる、窓辺に近寄った。  女性だった。黒いワンピースに、なびく黒髪。ゆるくカーブを描いた唇だけが赤い。私を見ると、彼女はうれしそうに笑った。三十代くらいに見えるけれど、笑顔は幼い。 「どなたですか」 「私はローレン」  彼女はマイペースなのか、私の怪訝な表情には関心を示さなかった。その代わりに、唐突にこう言った。 「ねえ、あなたの力、うまく使いたいと思わない?」 「え?」  耳を疑った。うまく使う? この力を? 「……魔道は、未知の力ですよ。だれにも、よくわからないもの。使うなんて、そんな」 「最初はなんだって未知のものよ。でも知れば、それは未知ではなくなる」  ローレンはやさしげな瞳に私を映す。そうして、人差し指を立てて、自身の顔の横に持ってきた。その指先に突然、雫が浮かんだ。 「……え」  陽射しを浴びて、雫は宝石のように輝く。数個の雫が彼女の指先でくるくると回って、そうしてぱっと弾けた。 「ね、力はちゃんと使えるようになるのよ」  にっこりと微笑む彼女に、私は呆然としていた。今のは魔道だろうか。それを彼女は、自分の意志で使っている? まさか。 「力を使えるようになれば、あなたはどこへだって行ける」  ローレンのやわらかな声が、鼓膜をふるわせ、身体を痺れさせた。どこへだって行ける――もしそれが本当なら、こんな小屋を出て、レティとお祭りにも行けるのだろうか。私は、こくんと喉を鳴らした。ローレンの言葉に引き込まれる。 「……本当に、そんなことができるの?」 「ええ。こんな寂しい場所、嫌でしょう。あなた、今まで、つらかったわよね」  どきりとした。今度の彼女はとても悲しそうな目をして、私を見ていた。小屋に閉じこもっていることが、それだけ不憫なことだと彼女は言いたいのだ。そうして事実、私もそう思っていた。  私はみんなのために、この小屋にいなければならない。そうわかっている。だけど、でも、本当は私だって寂しかった――。 「あなたが望むなら、教えてあげるわ。力の使い方」  ローレンの誘いは甘くて、くらくらとした。
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