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 手狭なオフィスの机には、うず高く積まれた本が並び、窓からの光とデスクライトで照らされた男が眉間に(しわ)を寄せて、次々にページをめくる。 「戻りました」  少々疲れた声を出した瑞樹が、隣りのデスクにバッグを置くと、椅子にストンと腰を落とした。 「ああ、で、どんな話だった」  本から目を離さずに文月 優斗(ふづき ゆうと)が聞いた。 「どうもこうも、百貨店は完成されたデザインで固められていて、私が指導することなんて、ないと思うのだけど ───」  小さくため息を吐いて、横目で文月の様子を(うかが)っていたが、やれやれといった風に肩をすくめた。 「君よりも年配の販売促進部に指導するのだから、それなりの準備がいるはずだ」 「文月さん、もう何か仕込んでいるのでしょう。  黒ずくめの服装で行ったのは、何のためなんです」  少々苛立(いらだ)った声を出した。  ようやく本から視線を上げて、瑞樹の方に向き直った彼の顔には、鋭い眼差しと引き結んだ口元が緊張感を(かも)し出している。 「俺は、今回最初から勘違いをしていた。  百貨店は地域のリソースとして、優れた存在だった。  小手先の技術はまったく通用しないだろうな」  息を飲んだ瑞樹の顔にも、緊張が移ったようだった。  クライアントの方が、用意周到に依頼内容を精査して資料を大量に示してきた。  本来こちらの仕事だが、先手を取られてすでに負けた気分になって帰ったのだった。 「SDGsがキーワードだろう」  ズバリと言い当てられて、次の言葉が出なかった。  今回の依頼主である、セレスト・パレ・ミナミ百貨店は、埼玉県南区デジタルタウンの中心に位置する。  人の流れが良い繁華街にあり、表向きは(にぎ)わっていた。  そして、内陸部のため夏の猛暑でも有名である。  屋上でビアガーデンを開いていたが、最近は客足が減ってやめていた。  ところどころに(ほころび)があるはずだが、それを補って余りあるほどの(きら)めく演出と賑わいがあった。  瑞樹はもう一つため息をついて、ワープロを打ち始めた。
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