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「本日はご来店いただき、まことにありがとうございます」  ショーウインドウでは初夏の爽やかなアズールブルーに彩られた背景に、マネキンが躍動的なポーズを取る。  正面玄関のガラスドアにステンレスの肉厚の湧くが煌めく。  買い物客の笑い声とともに、中へと吸い込まれていく流れが止むことはない。  夫人物の小物やネックレスのガラスケースの向こうから、きちんと両手を揃えて頭を下げる女性店員には気品があった。  入口の特設コーナーに、夏用の帽子が並び季節感を出している。  客の群れはエスカレーターに向けてほとんどが流れ、一部エレベーターの方へと向かう。  人の流れも滞りがない。  キョロキョロと辺りを見回しながら、瑞樹(みずき) るりはスマホに何かを打ち込んでいる。  黑い帽子を目深(まぶか)(かぶ)り、上下共に黒いフォーマルな印象のシャツとパンツ。  化粧品売り場では、カウンターにあるおびただしい量のテスターが並び客がカウンターの前の椅子に腰かけて店員と談笑している。  巨大なポスターが並び、強い照明で金属やガラスの光沢感を際立たせる演出をする。  百貨店は、長年(つちか)ったノウハウがある。  注意深く観察していれば、洗練されたデザインと販売促進のコツを見いだすことができた。  ハンドバッグが並んだ一角に、白髪交じりの男が立っている。  落ち着いた(たたず)まいだが、周囲の様子を伺いながら店員に指示を出しているようだ。  瑞樹は革製のショルダーバッグから名刺を取り出して、男に差し出した。 「コンサルタントの瑞樹さんですね。  お噂は近隣の商店街に広がっていますよ」  口角を上げて目尻を下げ、満面の笑みを作った男は青山 翔太(あおやま しょうた)と名乗り、販売促進部長と名刺に書かれていた。  もう一人、40歳くらいの女性が着いてきた。  こちらは秋山 美咲(あきやま みさき)と言い、同じく販売促進部の社員だった。  化粧とスーツの着こなしは、瑞樹が引け目を感じるほど身ぎれいに整えている。  青山部長は屈託なく笑い、気さくな話し方をするが、立ち居振る舞いに一分の(すき)もない。  まだ29歳の瑞樹は、早くも雰囲気に飲まれかけていた。
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