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 セレスト百貨店の前には、スレートの歩道が観光地へと伸びている。  反対側には駅があり、近づくほどに人混みが()していく。  商店街をざっと見たところ飲食店や格安を武器にしたチェーン店が多く、専門店が少ない。  いくつか看板や店の外装を写真に収め、スケッチをしてから一息つくように、セレストのベンチに腰かけた。  文月から送られてきたデータを、スマホで開いて見ていた女は20代半ばだろうか。  そこへ瑞樹が額の汗をハンカチで慎重に拭いながらやってきた。 「神楽 椿(かぐら つばき)さん ───」  呼ばれて弾かれたように立ち上がると、スマホをビジネスバッグに放り込んだ。  2人とも文月の指示で黒いフォーマルで引き締まったいで立ちに、ベレー帽を目深に被っていた。  足元から頭まで、視線でゆっくりとなぞる瑞樹は、またため息をつく。 「若い人が着るとフォーマルもいいなって思いますね」 「文月さんに考えがあってのことだと思います。  でも、なぜ全身黒なのでしょう」  瑞樹の方が聞きたいくらいだが、年下のデザイナーに聞かれると同調もできなかった。  神楽は美大を出て数年しかたっていない、駆け出しのデザイナーで今回の案件のパートナーとして、他の事務所から文月が指名したのだった。 「きっと、今回の戦略の(かなめ)になっていると思います。  恐らくターゲットがビジネスマンなのでは ───」  自分の口から出た言葉に、瑞樹は(いかづち)に打たれた。  目を見開いて、口を開けたまま脳に広がる世界をセレストの人混みに重ねた。  そうだ、よく見てみれば休日にカジュアルな服装をしているのは当たり前だった。  子ども連れが少なくて、同年代の同性、お年寄りと中年、そして独りで来る顧客が多い。  百貨店と言えば子ども向けのイベントを開いて親を()るものだと思い込んでいた。 「リサーチの第一段階は、入口に立って観察することです」  指し示した方を見て、神楽が(うな)った。 「お客さんが、たくさん来ていて経営に困っている感じはしませんね ───」 「想像してください。  この方たちが、普段どんな暮らしをしているかを」  身を乗り出して、眺めていた神楽は、困ったように肩をすくめて見せた。 「リサーチって、難しいですね」
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