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 イベントの打ち合わせのために、セレストの屋上へやってきた瑞樹はだだっ広い空間を横切ってフェンス際までやってきた。  後について、青山部長と神楽が周囲を値踏みするように見回しながら歩く。 「け、結構広いのですね ───」  数年前まで、バブル期を思わせるような屋上遊園地を営業していた場所は、跡形もなく片付けられて、コンクリートを空色に塗装した床面があるのみだった。  中央に白い台を2つ設置して、同じ氷人形を1(つい)設置する。  撮影する方向や、コンテンツの配信方法を検討して準備に取り掛かる。  まずは氷制作ドキュメンタリーとして、天然の氷を切り出しおがくずにくるんで保存するところ、それを(つな)ぎ合わせて彫刻する映像が制作された。  これは「予告編」として動画配信サイトから放送された。  同時にSNSでも写真とエッセイが(つづ)られた。  神楽のインフィード広告によって、瑞樹のストーリーが映像化され、期間を区切って氷の出来栄えを追いかけていく。  そしてイベント当日を迎えた。 「瑞樹さん、本当に大丈夫でしょうか。  私、足が震えてます」  黒一色の神楽は、腰が抜けたように椅子に座ったきり立てなくなった。 「もう、文月もあなたも信用してないのでしょう。  ここまで来たら、デンと構えなさいよ」  少々苛立った声でたしなめたとき、2つの木箱が到着した。  等身大のアイスボックスなどないので、梱包材(こんぽうざい)の専門業者に特注で作らせたものだった。  改めて見ると、立派な箱に自分の思い付きが塊になって収まっていることが滑稽(こっけい)にさえ思えた。 「やっぱり、この日がきちゃったのね」  ボソリと(つぶや)いた瑞樹は、箱に近づくと封を解いた。  あっという間に梱包材が取り除かれ、氷が姿を現した。 「MRIとか、何千万もする医療機器を運ぶ時の梱包と同じなんだってさ ───」  あまりのスケールに面食らうばかりの神楽には、うわごとのように頼りなく聞こえた。  片方には黒い紙が半分貼り付けられていた。  誰も声を出さず、淡々(たんたん)とスタッフが設置する模様もライブ配信された。  最早(もはや)、現実味のない光景がスマホの画面にも映し出されていたのだった。
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