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 黑い氷人形の台座に「黒曜(こくよう)」と名前が大きな書道文字でダイナミックに書かれている。  そして対する「氷雨(ひさめ)」は静かな筆致で(きら)めく銀の線が透明感を引き立てる。  2体の人形は、瑞樹と神楽のようにも見えた。  きっと黒い方が瑞樹だろう。  氷雨は晴天の陽射しを全身に通し、宝石のように(きら)めいていた。  黒曜は熱をたっぷりと含んだ光を受け止め、身体の中に取り込んでいく。  早くも汗をかき始めていた。  神楽のような経験の浅いデザイナーに対して、正面から向き合えない自分。  競争意識ばかりを持ってしまうのは、自信のなさの表れ。  分かってはいるが、内に(こも)るエネルギーが、黒い(ほむら)となってゆらぎ立ち上る。 「私、ちょっと気分が悪くなったからコーヒーでも飲んで来るわ」  ずっと見守っている必要はない。  氷がただ溶けていくだけだ。  どうしても、自分の行く末に思いが至る。  きっと才能がないのだろう。  その時、スラリとした男が傘を差して歩いてきた。  黒いジャケットに黒いパンツ。  そして黒のベレー帽は瑞樹とお(そろ)いだった。 「どこへ行くんだ。  これから奇跡が起きるというのに ───」  何も言わずにすれ違い、通り過ぎていった彼女の脳に、ある言葉の残響が染み渡る。 「奇跡 ───」  男は顔だけ横を向けて、天井を仰ぎながら言った。 「宇宙から、奇跡の漆黒(しっこく)が ───」  瑞樹は口角を上げた。 「焔立つ氷に奇跡が ───」  そう、その男は超えられない壁、文月 優斗だった。 「さあ、面白いショーが始まるぞ。  気分も晴れてくるだろうさ」  文月が伸ばした左手に、瑞樹の指先が触れた。 「うん」  2人は手を携えて、神楽の元へと戻って行った。
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