Days30 色相

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Days30 色相

 SNSは怖いものだと思っていたが、彼もインスタグラムなるもので同級生と交流していることを知ってしまった。彼の交友関係を把握しようなどという器の小さい恋人にはなりたくないという気持ちと彼のすべてを知りたいという気持ちがせめぎ合い、今日、ついに彼に「インスタってどうやるの」と訊くに至った。彼の行動を監視するために始めようというのに彼にやり方を質問しているわたしは馬鹿ではないかと思うのだが、無言で監視されるよりはわたしが見ていることを知った上でアカウントを運用したほうがいくらかマシだろう。 「おっ、雪ちゃんやっとインスタに興味持ってくれたんだ。俺のアカウントフォローしろよ」  意外とあっさりとした事の運びに面食らった。なるほど、彼はむしろ見てほしかったのである。言われてみれば、この人、写真部なんだっけ。人生はなんだかいろいろある。  スマホにはインスタのアプリがプリインストールされていて、わたしは彼に促されるままメールアドレスを登録しパスワードを設定しアカウント開設に至った。そして彼のアカウントをフォローさせられた。彼のアカウントからもすぐに反応が返ってくる。初めての相互フォローである。  さすがのわたしも令和の女子高校生なので、一度教わったらなんとなく使い方を覚えられるはずだ。けれど最初はいろんなことが物珍しくて、いちいち彼に確認した。 「これ、なに? 写真の加工? すごくたくさん選択肢が出てきたけど」 「フィルター。いろいろ使えるから一回サンプルがてら開いて見てみて好きなの選択しろよ。特にどれが正解ってわけじゃないし、なんとなく画像が良さげになるのを選べばいい。好みで」 「これってセンスが問われるのでは」 「そんな難易度高いことよっぽどのインフルエンサーしか考えてないから大丈夫。とりあえずこの前の葉山珈琲のパンケーキあげとけば? パンケーキがおいしそうに見えるフィルターを考える。あ、そんなに堅苦しくなく。俺個人の好みを言えば、あんまり色味をいじりすぎるのは好きではない」 「あんたの好みは聞いてない」  言われるがままパンケーキの写真を上げ、ハッシュタグなるものを思いつく限りたくさんつけて、投稿した。それらしくなってそれなりに嬉しい。わたしにも令和の女子高校生っぽいことができるではないか。昭和の文学少女と揶揄されるわたしも一人前のインスタグラマーになれた。  ハートマークが浮かんだ。彼がいいねなるものをしたらしい。 「やっぱこの写真いいな」  機嫌がよさそうだ。 「向かいに俺写ってるじゃん」  言われてから気がついた。確かに、わたしのパンケーキの向こう側に大きな男性の手が写っている。彼の手だ。顔どころか体もほとんど入っていないが、誰かと一緒に食事をしているのはわかるようになっていた。 「匂わせだな」 「これが……世間様の言う匂わせ……!」 「ひっひっひ」  匂わせも何もSNSでフォローしてくるような知り合いはみんな中学高校の同級生でわたしにはこういう彼氏がいることを知っているはずなのだけど、いちいち削除するのは面倒だ。何より彼が楽しそうなので、よしとする。
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