Days13 定規

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Days13 定規

 両親が揃ってボランティア活動に行った。  といっても、うちの親の場合それは仕事であり政治活動だ。なぜならお父さんが市議会議員だからだ。ボランティア活動を通じて市民の生活の実情を把握して議会に陳情したり各種機関に協力を要請したりする務めがあるらしい。多くの市民は市議会にあまり興味がなさそうな気がしなくもないけれど、元弁護士で地元の中学高校を卒業した父はそれなりに人気があるようで、そういうところに顔を出すと喜ばれるみたい。  今日の活動先は近所の文化センターで行われているこども食堂だ。一週間に二回ボランティアの大人が料理を作って恵まれない子供たちに夕飯を与えているらしい。父は本来そういうことはボランティアではなく政治がやるべきだと考えているそうで、困窮している家庭には自治体の教育費などの予算の増額をもってどうこうとかあれこれ構想しているらしいが、それはそうとして、現在進行形で行われている活動は現状そういうものとして視察に行き、時として寄付や手伝いなどをして協力することにしている。  でも、実体験として、わたしはそういうところには本当に困っている子供は行かないんじゃないかな、と思う。  というのも、もとはわたし自身が困っていた子供で、七歳から八歳までの一年間児童養護施設にいて、今の両親は八歳の時に引き取ってもらった都合で一緒に住んでいる。だから今の両親とは血がつながっていなくて、血がつながっているお父さんは影も形もないし、血がつながっているお母さんはもう十年近く会っていない。血がつながっているお母さんはわたしを捨ててしまった。でも、今のお父さんお母さんのほうが優しくて親身になってくれてお金を持っていて、何よりぶったり蹴ったりしないので、よかったな、と思っている。  血がつながっているほうのお母さんはわたしの学校生活にあまり興味がなかったから、算数のお道具箱は学校の先生が貸してくれたものだった。わたしはそれがたまらなく恥ずかしくて、百均でもいいから新しい定規を買ってほしいと思っていた。でも血がつながっているほうのお母さんは基本的に家に帰ってこなかったから、それを言い出す隙もなかった。  そういう幼少期を思い出すと、やっぱり、そもそもそういう子って家から出ないし性格がゆがんでいて誘ってくれる友達も作れないから行く機会がないのよね、と思うのだけど、それをどのタイミングで今のお父さんに言うべきかはちょっと考えてしまう。可哀想な自分の養女の境遇をひどく嘆くかもしれない。  お父さんにとってはわたしを引き取ることも政治活動の一環で、支援者の皆さんに恵まれない子供を引き取って育てている人格者として認識されたいのかな、と、ずっと、思っていた。けれど、彼氏との付き合い方に一喜一憂して本気で怒っているお父さんを見ていると、やっぱり娘は可愛いのかな、と思い始めた。  思い返せば、今のお父さんお母さんにはわたしの前に血がつながっている娘がいて、その子が高校生の時に白血病で亡くなって、その代わりにわたしを貰ってきたものだから、とりあえず病気をせずに高校を卒業すればいいのかな、と思わなくない。わたしにはそんなに多くのことを望んではいないのかも。昔は二人に気に入られるためにもっといい子でいなきゃと思っていたけれど、最近はそういう焦りはなくなった。  両親には、一緒にこども食堂に来て、子供たちに勉強を教えたり一緒に遊んだりしてあげて、と言われた。でも、わたしは小さい子供が本当に苦手で、大きな声を出されるのと突然近づかれるのが本当の本当に苦手で、申し訳ないけれど断っている。そういうところ、ちゃんとお付き合いしないと政治家の娘失格なのかな、と漠然とした不安に襲われることもある。しかし、お付き合いのある人たちはわたしが定規も買ってもらえない可哀想な恵まれない子供だったことを知っているから、そこまでつべこべ言わないでいてくれるらしい。  家で一人で受験勉強をする。英語の問題集についてきた音声データを垂れ流す。音声学習もボリュームを絞れば怖くない。学習教材は突然大きな音を鳴らすことがないからいい。今のお父さんお母さんに引き取られてから、わたしの生活は格段に選択肢が増えた。本当に感謝しないといけないな。男と遊んでいないで、それなりの大学に行かねば。
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