Days16 窓越しの

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Days16 窓越しの

 我が校の校舎は山の斜面に作られているので、教室の窓の向こうは二階なのに、廊下の窓の向こうは一階の中庭になっている。青々とした芝生が見える。窓の構造上廊下の窓から中庭に出ることはできないのだが、教室棟と特別棟をつなぐ渡り廊下からは気軽に出入りできる。今の季節は暑すぎるので好き好んで外に出る人はいない。たぶん。おそらく。  そう思っていたのに、彼がお友達とバレーボールをしている。  仕方がない。高校三年生の夏休み、インターハイですぐに敗退して部活を引退した男子高校生たちはみんな体力を持て余している。だから中庭で球技もしたくなるのかもしれない。まあ、禁止されているわけではないから、ひとに故意にボールをぶつけない限りはいいのかもしれないけれど。類は友を呼ぶ。彼の周りの男子は彼同様無駄に顔が良くて背が高く彼でもおとなしく感じるくらいの陽キャが多いので、渡り廊下から女の子たちがきゃあきゃあ声援を上げているのである。 「ほら、早苗、あんたの彼氏、一年生のちびちゃんたちにめっちゃ騒がれてるよ。彼女いますって主張してきたら?」  一緒に日直をしていた島田さんにそう言われた。わたしはもう彼が注目されていることそれ自体がなんだか恥ずかしくてたまらなくて、他人でいたかった。 「いいの。別に。わたし、自己主張しない女だから。よそに女を作って食い散らかしたいならそれはそれでいいの」 「正妻の貫禄だねえ」  不意に、廊下から、ばいん、とすごい音がした。わたしは驚いて肩を震わせてしまったのだけど、島田さんは冷静で、教室を出て廊下の窓を開け、「ちょっと、男子ー」と注意しに行った。どうやらバレーボールが窓に当たって飛び跳ねた音らしかった。元バスケ部の爽やかイケメンのなんとかくんが「ごめんごめん」と明るい声で言う。  わたしもおそるおそる廊下に出た。  廊下の窓から向こう側を見ると、すぐそこに男子が三人ぐらい並んでいた。元バスケ部の爽やかイケメンのなんとかくん、元硬式テニス部の部長だったか副部長だったかのなんとかくん、そして彼である。  彼はわたしに気づくと、窓に手を触れた。  そして窓越しにキスをするかのように顔を近づけた。  実際には触れなかった。彼は「きたねえ」と言って窓から手を離した。そりゃね、梅雨の風雨にさらされて何週間も洗われていない窓だもの。  渡り廊下の一年のちびちゃんたちが「ぎゃああ」と叫んだ。元野球部のなんとかくんが「うるせえ! 散れ!」と怒鳴ると、ちびちゃんたちは蜘蛛の子を散らしたように消えていった。
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