Days18 蚊取り線香

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Days18 蚊取り線香

「あ、そういえば、蚊取り用品ってどうなったの? お姉さんに買ってこいと言われていたやつ」 「やべ、忘れるところだった。サンキュー雪ちゃん」  そう言って二人で駅前のドラッグストアに入った。ドラッグストアなんて数百メートルおきにいくらでもあって彼の家の近所にも二十四時間営業の店舗ができたらしいけれど、思い出した時に買わせないと彼はまた手ぶらで帰ってお姉さんに怒られることになる。  季節用品のコーナーで、二人で虫除けコーナーを眺める。いろいろな種類があるものだ。 「コンセント差して煙が出るタイプのやつ使ってるんだけど。詰め替え容器に液体入ってるやつ」 「手前のこれかな?」 「そうそう、それそれ。あと俺個人的に吊るすやつも欲しいな、蚊のやつ俺の許可なしに勝手に入ってくんなって感じだから」 「吊るすやつ? どこに? 窓?」 「こういうやつ」  彼が手に取った商品のパッケージを見つめて、「へえ」と声を漏らす。世の中にはさまざまなことを考える商品開発担当者がいるものだ。メーカーの開発の人はえらいなあ、と思う。 「ていうか、こういうのが必要なくらい清森家って虫が入ってくるの?」  わたしがそう訊ねると、彼は「えっ」と漏らした。 「そういえば、雪ちゃんちでこれが吊るされてるの見たことない……」 「使ってないもの」 「虫、入ってこないの?」 「入ってこないの」 「ええ! そんな住宅この世に存在するんだ! 俺んちいろんな虫が湧くけど」 「絶対住みたくない」  幸か不幸か彼の家はお姉さんが婿を取って親と同居しているので、彼が家や土地を継ぐ必要はない。というか、お姉さんは彼も出ていくものだと思っている節がある。落ち着きがない性格だからだと思う。生まれた時から一緒に暮らしている肉親にも一ヵ所にとどまって墓を守るというタイプではないと思われているということだ。  彼はいつまであとあの家に住み続けるのだろう。あと半年くらいだろうか。高校を卒業したら出ていってしまうに違いない。  彼も進学するつもりでいるみたいだけれど、どこに住むつもりなのか聞いていないな。  わたしの両親は自宅から通学をしてもらいたいみたいだ。東京の大学に進学しても、新幹線通学なら無理ではない、のかもしれない。  うーん……一緒に住んじゃったほうがいろんな意味で楽な気もするけれど……。いや、そもそも彼が東京の大学に進むのかどうか……突然関西に行ってしまったりしないでほしいのだけれど……。  聞いてもいいのかどうか悩んでいるうちに彼はレジに向かっていってしまった。わたしを季節用品コーナーの前に置き去りにするのには罪悪感はないらしい。一声かけてよ、と思いながら彼のあとを追い掛けた。
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