Days4 アクアリウム

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Days4 アクアリウム

 彼は写真が趣味なので、お兄さんに買ってもらった大きなデジタル一眼レフを持っている。でも立派すぎて、行動のすべてが大雑把な上に自転車通学の彼は学校に持っていけない。さすがにそれくらいの金銭感覚は持ち合わせているらしい。あんなに高価なものを普段から自転車のかごに入れて運んでいたら、わたしは結婚を考え直す。  今日は土曜日で、進学組のわたしは午前中だけ講習という名の授業があったのだけど、就職もちゃんと検討しているのか怪しい自由人の彼はその大きなカメラを持ってあちこちをうろうろ歩いていたらしい。お昼ご飯の時間帯に駅で合流して、喫茶店の軽食でランチを取ってから一緒にバスに乗って移動を開始した。この間は徒歩と公共交通機関なのでわたしの心臓への負担は少ない。なお、彼のやんちゃに寿命を縮められているだけで、特に心疾患があるわけではない。  バスに揺られて二十分、わたしたちが住む海辺の街には、端っこに水族館がある。彼が水槽の写真を撮りたいそうで、わたしはたぶん水槽の前に立たされて被写体にされる。  いつもそう。  彼はわたしを美しい背景の前に立たせる。わたしは美しくもなんともないのに、それが似合うと言う。写真なんて遺影の一枚があればいいのに、わたしの写真は何千枚という単位で彼が使っているなんらかの記録媒体に入っている。嫌な気持ち、嫌な気持ち、嫌な気持ち……。 「水槽欲しいな」  レンズ越しにくらげを見ながら彼が言った。わたしが「くらげを飼うのは大変だと思うわ」と言うと、彼は「知ってる」と答えた。 「俺、がさつだし、毎日家に帰ってるわけじゃないから生き物飼えないわ」 「えっ、どこに帰っているの?」 「あーでも、餌を食べる生き物がいない水槽ならいいかも。水草とか。それだって温度調節とか必要なんだろうけど、少なくとも毎日餌と排泄物の世話をしなくていいんなら考慮の余地ありじゃん?」  勝手にして、と言おうと思ったけれど、将来この人と住むことになった時、その水槽の世話がわたしに回ってきたらどうしよう、と思ってしまったので、「だめ」と言っておいた。 「綺麗なガラスの表面に映る綺麗な雪ちゃんの顔は撮りがいがあると思うんだけどねえ」  そう言って彼はまたカメラを構えた。わたしは彼から目を逸らして、水槽の上のほうにいるくらげをにらむように見つめた。決してレンズ越しに彼と目が合わないように。
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