お見舞い申し上げます

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「お母さん!」 60歳前後に見える、大きな荷物を3つも抱えた女性が病室に入ってきた。 鞄には着替えやタオルが入っているのだろうか。 トミナガさんの娘さんだと思われた。 「意識不明の状態で発見されたって、しかも頭から血を流してたって聞いて、一瞬パニックになったわよ。大丈夫なの?ね、私が誰だか分かる?」 それまで誰が来ても、か細い声で弱々しく、短く返事をしていたトミナガさんだったけど、今回は違った。 「いい加減にしてちょうだい!」 トミナガさんはパニックを起こしているようだった。 大声で怒鳴った。 「何なの、みんなして。次から次にやってきて、私は誰でしょうクイズを出して。私は病人なのよ。ゆっくり寝させてちょうだい!」 「みんなしてって、何よ!私は今、来た所じゃない!」 突然の展開に、娘さんもパニックを起こしているのか、怒鳴り返す。 トミナガさんと見舞い客の会話を全部、聞いていた私は理解できる。 あれは鬱陶しいだろう。 怒りたくなる気持ちが分かる。 久しぶりに会う人から次々に「私は誰でしょう、名前をお答えください」と言われるのは、かなり面倒くさい。 しかも正確に答えないと、頭を打ったからだと心配されてしまう。 「ゆっくり寝させて」とトミナガさんが言うのも、当然だと思った。 怒鳴り返した娘さんに対して、トミナガさんは今度はキレた。 テーブルに置いてあったプラスチックのコップを娘さんに投げつけた。 だけど娘さんは運動神経が良かった。 飛んできたコップをヒョイっとよけた。 そしてコップは向かいのベッドへと飛んで行く。 そして、向かいのおばさんも運動神経が良かった。 飛んできたコップをヒョイっとよけた。 だけど、向かいのおばさんはイヤホンをしてテレビを見ていた。 急に体を動かしたものだから、イヤホンがテレビから抜けてしまった。 もの凄い爆音が病室内に響き渡る。 あの人、あんなに大音量でテレビを見てたんだ。 知らなかった。 おばさんは慌ててボリュームを下げようとするのだけれど、突然の出来事にパニックになっているのか、押すボタンを間違えている。 音はさらに、うるさくなっていく。 「ちょっと!これどうしたらいいの!」 おばさんが叫び声をあげている。 テレビの電源を切った方が早いと思った私は、お手伝いをしようとベッドから立ち上がった。 すると爆音のテレビの横、私からは向かいのベッドから 「うぐっっっ」 という苦しそうな声が聞こえてきた。 バンバンと布団を叩く音も聞こえてくる。 何か異常事態が発生したと踏んだ私は 「失礼します。開けますよ」 と声をかけると、返事を待たずにカーテンをシャっと引いた。 そこではお向かいさんが、手に大福を持った状態で苦しんでいた。 口の周りには白い粉がいっぱい。 大福を食べていた所に急に予期せぬ大きな音が聞こえてきて、驚いて喉に詰まらせたらしい。 パニックになっているのか、大福を持っていない方の手でバンバンと布団を叩いている。 「看護師さん、呼びますね」 私がナースコールのボタンを押そうとすると 「だ……め…」 と手を押さえられてしまった。 「おやつ…… ばれる……怒られる…」 そうだ、お向かいさんは食事制限があったんだ。 お向かいさんを告げ口するようなことはしたくない。 だけど、このまま何もせずにいて、もし窒息して死んでしまったら? 病室内には相変わらず爆音でテレビが流れている。 耳が痛い、思考が鈍る。 私の手を握るお向かいさんの指の力がどんどん強くなる。 爪が食い込んで痛い。 どうしたらいい? どうしたらいい? 私もパニックになった。
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