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「お父さん、足と手が一緒になってますよ。今から緊張してたら、もたないでしょう」
妻の美津子に注意されたが、仕方ないだろう。
娘の恋人が挨拶したいと言ってきたんだ。つまり、娘さんをくださいということだ。緊張して当たり前だ。
「ほら、深呼吸。ここはランチが美味しいんですって」
美津子はウキウキしている。
挨拶というのは家に来るものだと思うのにホテルか。決めたのは美津子か美乃、どちらかだろう。
「お母さんだって、忙しいんだから。楽な方がいいじゃない」
よくそうやって俺を叱る美乃がホテルを決めたのかもしれない。
俺は深呼吸した。右、左、右、左。手と足を互い違いに。ホテルのロビーを横切ってレストランに向かう。大丈夫。きちんと歩けている。
「俺は大丈夫だ。それより、美乃の恋人は大丈夫か。俺に似ていると言っていただろう。つまり、緊張に弱いということだ。何か失敗したら、俺たちでフォローしないとなあ」
「お父さんがフォロー? 無理しなくても大丈夫ですよ」
美津子がくくっと笑った。
「だって、私たちの時……」
確かにあれはひどかった。
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