第八話 三日目 家族

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第八話 三日目 家族

「ほら朝だよ! 起きて!」 「うっうーん」  わたしは眠い目をこすりながら大きく伸びをする。 「レーテーちゃん朝ごはん!」  ルナリアは元気よく乾燥肉の包みを差し出す。 「なにこれぇ……」 「……さあ?  わたしは大あくびをしながら乾燥肉を食べる。ルナリア曰く、ベーコンというらしい。 「こらこら、ちゃんと包みを取って」  ルナリアはベーコンの包みを剥がす。包みには歯形がついていた。  わたしはベーコンを噛みながら、あたりを見渡す。  カガチとスパイクはまだ寝ている。 「あっ! レーテーちゃん、帽子したまま寝たじゃん! 髪ぐちゃぐちゃになってない⁉」  ルナリアはわたしの帽子を取る。 「ほら、ぐちゃぐちゃに……」  帽子の下には、雲のような色をした灰色の髪だった。ルナリアは今初めてレーテーの髪色を見た。 「どうしたの?」 「……綺麗な髪」  ルナリアは灰色の髪に触れる。肌触りの良い、綺麗な髪だった。 「……ちょっと髪をいじらせてもらえる?」 「レーテーさん、なにしているんです?」  ようやく起きたカガチが聞く。 「ルナリアが髪をととのえてくれているの。もう結構たつんだけどね」 「確かにレーテーさんの髪は——」 「よしできた!」 「ひゃ⁉」  不意にルナリアが声をあげる。 「ごめんね、びっくりさせちゃって」  ルナリアは笑いながら言う。 「ほら、髪完成したよ!」  そう言ってルナリアは引き出しから手鏡を取り出し、レーテーの髪を移す。 「わぁ」  思わず感嘆の声を漏らす。  私の髪は、不揃いな左右を目立たせないように、右側の髪と後ろの髪で大きな三つ編みを作られていた。伸びっぱなしだった髪がかなりのボリュームを作っている。整えてもらったことで、見違えるほどかわいい。 「すごい、全然違う」 「でしょ! 左側の髪だけ短かったけど、これなら全然気にならないはず。でも何か足りないな……」  ルナリアはそう言うが、灰色の髪は綺麗にまとまっていて、とても可愛い。 「そうだ! これ」  ルナリアは引き出しから何かを取り出す。  取り出したのは何かの……虫? 「なにこれ、虫?」  わたしが聞くとルナリアは笑いながら答える。 「ふふ、冗談でしょ。これは髪飾り、カミチョウの髪飾りだね」  ルナリアの手にあるカミチョウをかたどった髪飾りは朱色のはねで、そのまわりに淡い赤のひらひらがついていた。 「こうやって……こう!」  そう言って再び鏡を見せる。  鏡に映ったわたしは、灰色の整った髪に朱色の髪飾りがちょこんと乗って、一層華やかに見える。 「……全然違う。さっきと比べてすごく可愛い!」 「でしょ、私のお古だけどレーテーちゃんにあげるよ!」 「いいの⁉」   「ねぇこれってなんて読むの?」  本を読んでいたレーテーが質問する。  レーテーが指を指して示すところには母の一文字。 「あぁこれはね、ははって読むんだよ」 「へぇ、なんて意味なの?」  思いがけないレーテーの返答にたじろぐ。 「えっとねぇ……」 もしかしてレーテーはお母さんに会ったことないのかな……。 「うーんと、レーテーちゃんは誰に育てて貰ったの?」  そう言うと、レーテーは考え込む。  レーテーがあまりにも長い間考え込み、声を掛けても反応しないのでカガチに助け船を求める。 「カガチ、レーテーちゃんのお母さんって誰か知っている?」  カガチの耳元に向かって小声で話す。 「わかりませんね、レーテーさんと出会ったのはつい最近ですからね……」  困った。レーテーは一度考えこむと、しばらく口を利かない。  そもそも育てて貰ったと質問しただけであれだけ悩むだろうか? いったいレーテーはどうやって生きてきたのだろうか。 「レーテーちゃんが一番好きなヒトって誰?」  一か八かの質問。 「それは、ゲルグ!」  レーテーは即答する。  それなら。 「それじゃぁ、ゲルグさんがレーテーちゃんの“お父さん”、ゲルグさんは男のヒトだから、女のヒトで、レーテーちゃんが一番好きなヒトが“お母さん”だよ」  これで納得してもらえるかな。 「……それじゃあ、ルナリアがわたしのお母さん……?」 「……ぇ」  私の顔が火照る。そんなこと言われるなんて……、心のどこかで喜ばしい気持ちがある反面、小恥ずかしい。  後ろでカガチがクスリと笑う。 「違う違う、それなら私はレーテーちゃんのお姉さんかな……」 「お姉さん……? お母さんとは何が違うの? ルナリアはわたしが一番好きな女のヒトだよ……?」 レーテーは真剣なようだ。 「えっとねぇ……」 「お姉さんは、レーテーさんが一番頼れるな、ってヒトですよ」  ようやくカガチが助け船を出す。 「レーテーさんにとってのお母さんは、今は居なくても、きっとどこかで出会えますよ」  カガチは笑いかける。 「ほんと?」 「はい、きっと」 「……ねぇ、カガチのお母さんはどんなヒト?」 「僕のお母さんは、優しい人です。この金創族(アルケミー)の力をどう使うかを教えてくれて、いつも僕の事を気にかけてくれました」 「いいヒトなんだね。ルナリアのお母さんは?」  すかさずレーテーは聞く。  私のお母さん……、今どうしているのかな? 「私のお母さんはね、重い病気にかかっているの」 「病気?」 「うん、ミラ病って言って徐々に手足が動かなくなるの。治すには沢山のお金が必要だから、お父さんと一緒に本屋を手伝っているの」  その言葉を聞いたカガチが息を吞む。 「ミラ病なんて、〈命の国〉で最も重い病気じゃないですか」 「そうなの」  ルナリアは悲しそうな眼をする。 「だから私はもっと沢山本を買ってもらわなきゃいけないの」  ルナリアは口調を一変させ、明るく振舞う。 「……そうですか」  カガチは一言。 「……?」  ふとレーテーを見ると、何もわかっていなそうな顔をしていた。 「ごめんね、長々と話しちゃって。ほら、本読んであげるよ」 「やったー!」  幼子の様に喜ぶレーテーと、面倒見のいいルナリアが一緒だと、なんだか本当の姉妹のようだった。  今日も一日楽しかった。一日中、ルナリアに本を読んでもらって、意味が分からないところはカガチに教えてもらい、疲れたらスパイクと遊ぶ。自分の名前も書けるようになった。本を読んでいるだけだけど、楽しい一日。こんな毎日がずっと続けばいいなと思った。  日が暮れた頃、ゲルグが様子を見にやってきた。 「どうだ、ルナリアとは仲良くやっていけそうか?」 「うん! ルナリアはとっても優しくて、わたしのお姉さんみたい!」 「そうか、それは良かったな」  わたしが収容所にいた頃の記憶はほとんどない。でも、あんなに優しくしてくれるヒトは居なかった気がする。 「カガチとはどうだ? 仲良くやっていけているか?」  ゲルグはカガチを見ながら言う。 「うん! カガチは物知りだし、とっても優しい!」  わたしは小刻みにジャンプしながら答える。 「そうか、みんな優しくていいな」 ゲルグは立ち上がりながら言う。 「俺はそろそろ戻る。みんなレーテーをよろしくな」 「うん!」  本を読んでいたルナリアが顔をあげる。 「ゲルグさん、また明日!」  ルナリアはにっこりと微笑む。 「また明日な——」  その時、馬車の上に誰かが乗ったような音がした。 「⁉」 「ゲルグさん! 今何か!」  森を走る馬車の上に、丸刈りの男がいた。〈黒鉄の帝国〉の戦闘服に身を包み、胸に金色のブローチをつけている。彼の腰には通常よりも長い剣が佩かれている。そして、彼の顔は死人のように青白い。  高速で走る馬車の上に立つなど、ヒトのできる技ではない。  彼の名はレクレス。レナトゥスの六番手である。 彼は同じレナトゥスの面々である、アダリスやネルケを待たずして、単独先行したのである。それは彼の若さゆえの判断である。 「俺が……俺様が誰よりも速く……」  そう独りごちると、ヒトの気配のする箇所に剣を突き刺した。
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