第二話 一日目 老兵

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第二話 一日目 老兵

 目が覚めると、薄暗い部屋でわたしは、椅子に座らされていた。お腹が空いたので立ち上がろうとしたが、身体が椅子に張り付いているようで、立ち上がれない。どうやらお尻のあたりに紙のようなものが挟まっているようだ。 「ゲルグ……、ここどこぉ」  ゲルグの名を呼ぶが、返事は無い。 「お腹空いたよぉ」  静寂に包まれた部屋にぐぅーとレーテーのおなかが鳴る音が響く。  薄暗い部屋。収容所での生活が脳裏に浮かぶ。 「ヌスミドリ食べたいよぉ」 「ヌスミドリか……、俺ちゃんも喰いたいなぁ」  部屋の奥で知らない男の声がする。 「お前を売った金でなぁ」  男がゆっくりと、レーテーに近づいていく。本能的に恐怖を感じる。収容所の男達と同じ感じがする。  男の顔はフードで隠れていて見えないが、とても酒臭い。 「お前、授命族(ヴィルデ)だろ」  そう言うと、男はわたしの手をつかむ。強い力で掴まれて思わず顔をしかめる。続けて男はせっかくゲルグに買ってもらった手袋を脱がす。 「いちにぃさんしぃごぉろく。ほぉら六本も指がある」  男はレーテーの指を一本ずつ触りながら言った。 「俺ちゃんは五本。違うよなぁ」  男は自分の手を見せびらかす。その手にはわたしと違って五本しか指が無い。 「このままお前を売りさばいて、一生遊べるくらいの大金を手に入れてもいいんだが、授命族(ヴィルデ)を売ると、すぐに兵士どもにボコされて首チョンパ」  男はわたしをお宝か何かのように見つめる。そして首に下げた禍々しい紋章を握り「神様ぁ」と何度か呟くと手を叩いた。 「よし決めた。お前の髪を売るとしよう。授命族(ヴィルデ)は髪もかなりの額で売れる上に、足が付きにくい。それに髪ならすぐ生えるだろう」  男は淡々と恐ろしい事を言う。 「安心しろ、三食おやつ付きだ。そのままババアになるまで髪を売って、髪が生えなくなったらお前を売ってやるから」  そういうと男はナイフを取り出す。そして髪を数本掴んで力任せに引き抜いた。 「痛い!」 「はは、これで俺ちゃんの寿命も延びたかなぁ」  そのまま髪を口に含む。 「さぁ、次は金持ちのジジイどもに売る分だ」 「やめて……いたいことしないで……」 「大丈夫大丈夫、これから沢山やる事だし、すぐになれるから」  男はニタニタと薄気味の悪い笑顔でレーテーに笑いかける。 「確か十本で金貨一枚分だったかぁ?」  冷たい刃が顔に触れる。 「おい……起きろ……、起きろ!」  俺は気絶している誘拐犯を起こそうと、揺する。レーテーをどこに攫ったのか聞き出さねば。  だがよほど蹴りが効いたのか男は起きようとしない。 「誰かこいつの事を知らないか」  俺は先ほどの騒ぎで集まってきた群衆に声を掛ける。だが群衆は何か言いたそうにするが、答える者はいない。 「親戚の娘が攫われたんだ。誰かこいつらのアジトを知らないか」 「やめておけ」  騒ぎを聞きつけた店主フランメが諭す。 「旦那、腕っぷしが強いのはわかったが、こいつらのとこに行くのは、やめておいたほうがいい」  フランメは悲しそうな目をする。 「こいつらはここじゃ有名な人さらいみたいなもんでな、ここにいる何人かも家族を攫われている。だが生きて帰った者は誰もいなかった。攫われた奴も、助けに行った奴も、そしてここの兵士すらも帰ってこなかった。だから兵士たちも目を瞑っているのさ。だからお前さんも……諦めた方が身のためだ」  見渡すと、家族を攫われたであろう者が何人か見受けられる。 「……俺にも事情がある。アジトを教えてくれ」  助けに行った奴がいるなら知っているはずだ。 「そうか……あんたには何を言っても無駄なようだな」  情報を得る事を諦め、俺は誘拐犯が走っていった方向に向かう。 「西だ。街の外れにある一番大きな廃墟。そこにいる」 「……っ⁉」 「すまんな、最近年のせいか独り言が多くてね」  そう言うとフランメは店に戻っていった。  俺は心の中で感謝を伝え、アジトに向かう。  大将は昨日から様子がおかしかった。  昨日は「いい身体が手に入る」と言って朝になるまで帰って来なかった。朝になり、帰ってきたと思ったら棺桶を引っ提げて大笑いしていた。 「いよいよ夢が叶う」  それだけ言っていた。  大将の夢とは何だろう。大将は昔から重度の主神崇拝者で、その信仰はカルトじみている。俺達部下に教えを広める事こそしなかったが、事あるごとに神に祈っていた。  そして今日、街の情報屋から「街に授命族(ヴィルデ)がいる」という情報が入るなり俺とガルガンタの馬鹿に攫ってこいと命令した。  結局、授命族(ヴィルデ)を攫う事には成功したが、変なおっさんに追いかけられた。恐らく授命族(ヴィルデ)を連れていた親か何かだろう。そしてガルガンタの馬鹿は足止めすると言ったきり戻ってこない。返り討ちにあって兵士に突き出されたのだろうか。  とにかく、このことを大将に報告すると、授命族(ヴィルデ)を預かり、「守りを固めろ」とだけ言って地下室にこもってしまった。あの授命族(ヴィルデ)はそこそこの美形だったから売る前に楽しむつもりなのだろうか。  こうして他の仲間と共にアジトの守りを固めている。守りを固めると言っても、大した装備は無い。大砲なんて高価なもんは勿論、矢の一本も無い。あるのはナイフだけだ。だが今までもアジトを襲ってきた奴は、皆ナイフでくず肉に変わった。  一度、装備を整えた兵士の集団が攻め込んできたことがあったが、ヴェローチェの兄貴には敵わなかった。それ以来、兵士が関わってくることは無かった。  今回も大丈夫だろう。あのタフガイ気取りのおっさんが来ても、ヴェローチェの兄貴にくず肉にされるのがオチだろう。そう思った矢先、入り口の扉が吹き飛んだ。 「……は⁉」  そう吹き飛んだのである。あの軋む重い扉が。自分の目を疑った。そんな奴がいるわけがないと。  次の瞬間、アジトにあのおっさんが飛び込んできた。  最初に餌食になったのは入り口に近かったフォルテだ。おっさんは入って来るなり腹部に拳を叩きこんだ。その一撃でフォルテは吹っ飛んだ。  フォルテを倒すなり、おっさんは俺に目を付けた。俺は死を覚悟した。  だがそこにヴェローチェの兄貴が割って入ってくれた。兄貴の得物はナックルダスター。これで数々の兵士の鎧を凹ませてきた。鎧も付けていないおっさんがその拳を受ければ、たちまちくず肉に変わるはずだ。 「ほう、腕に自信があるようだ——」  兄貴が最後まで言い終わる前におっさんは顔面に一発、胸に三発、腹に二発、股間に一発、拳を凄まじい速度で叩きこんだ。俺が見えなかっただけで、もっと沢山殴っていた気がする。  兄貴が白目を剥いて、背中から倒れた。兄貴の大柄な身体が地面に打ち付けられ、大きな音が響いた。それを合図に老兵は言った。 「授命族(ヴィルデ)はどこだ」  上の階が騒がしくなったと思えば、見張りがみんな去っていった。  左の髪を耳の辺りまで切られた後、収容所みたいなじめじめして暗い所に連れて来られた。入り口には檻があって出る事は出来ない。  ゲルグはどこにいるんだろう。もしかしたら上の階の騒ぎはゲルグが起こしているのかもしれない。  昨日ゲルグに檻から出してもらったばかりなのに、また檻に入れられちゃった。そう言えば、昨日はゲルグともう一人お兄さんがいた気がするけど、あのヒトはどこに行ったのだろう。気のせいだったのかなぁ。  そんなことを考えていると、隣から声がすることに気が付いた。 「…………か………い……ますか?」  壁のせいか、よく聞こえない。さっきと違ってお尻にへんな紙みたいのはくっついていなかったから楽々立てる。 「だれかいるの……?」  声がする壁に耳を押し付ける。 「聞こえますか……?」  また声が聞こえた。どうやら壁の向こうにいるのはわたしよりすこし年上の男の子みたい。 「聞こえるよ!」  そう答えると、壁の先から小さな声で、……よかった、と聞こえたような気がする。 「わたしはレーテー、あなたのお名前は?」  少し間を開けて、壁の向こうの子は安心したような声で、言った。 「僕の名前はカガチ、よろしく」
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