第六話 二日目 出会い

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第六話 二日目 出会い

 翌日。日がまだ昇りきらない頃、俺たちは〈薬の国〉への道を進んでいた。  〈命の国〉では馬は育たず高価であるため、失った馬を買い戻すには難しい。そもそも馬を手に入れても俺とレーテー、カガチの三人で乗るのは厳しい。カガチが居なくてもレーテーなら蝶を見つけたと言って馬から飛び降りかねない。  カガチに金貨を作って貰おうかとも思ったが、金貨偽装は重罪である為、別の敵を作りかねない。  ということで俺達は徒歩で〈薬の国〉に向かうことにした。なんてことは無い。昔のヒトはこうやって歩いたものだ。 「あっちょうちょ!」  案の定レーテーは蝶につられて道を外れていった。全く、馬で行っていたらどうなっていたか。 「こら、レーテーさん。そっちに行ったら駄目ですよ」  カガチが諭す。 「まあいいじゃないか。遠くに行けば、俺が連れ戻す」  外に出られて嬉しいのだろう。これくらい許してやりたい。 「それならいいですが」  レーテーを見ると、今度は「ありんこ!」と言って蟻の列を追いかけ始めた。アイリスも虫を見ても泣かない珍しい娘だった。一度、頭程の大きさの千足(メガムカデ)を連れて帰ってきてシャムが気絶したこともあったな。 「それにしてもゲルグさん、その巨大な剣は一体何なのですか?」  不意にカガチが質問する。 「この剣か、この剣は俺の最強の矛であり、俺を護る最強の盾でもある。俺の体重ぐらいの質量で攻め、金剛石に匹敵するほどの硬さで護る。戦場で生きてきた俺をこの年まで生き永らえさせた俺の相棒さ」  ゲルグは熱っぽく語る。 「なるほど。しかし、そんな大きさの剣、よく使いこなせますね。なんで普通の剣では無く、その剣を使うのですか?」 「……実はな、俺は子どもの頃、孤児院で過ごしていたんだ。孤児院の先生が言うには、森の中でこの剣と眠っている俺を見つけたんだそう。父も母も居なかった俺は、親の最後の手がかりとして、この剣をずっと使い続けてきた。この剣を使っていれば、いつか親に見つけてもらえると思っていたが、ぐずぐずしている内にこんな歳になっちまった。もう生きているわけないな」  初老の男は笑う。 「そうだったのですか……。ですが昨日の戦いで、大剣を使うゲルグさんの事は知られたはずです。両親もきっと——あっ!」  カガチが大きな声をあげる。見るとレーテーが鳥を追いかけていた。レーテーの行く先は川。 「レーテー!」  川に気づいた瞬間、俺は駆けだしていた。 「ゲルグ?」  俺の呼ぶ声にレーテーは振り返る。 「レーテー、どこ見て歩いている! もう少しで川に落ちる所だったぞ!」 「川? だって鳥があっちに行っちゃったんだよ! ヌスミドリだったかも知れないのに」  レーテーの指さすほうを見ると、数羽の鳥が飛んでいた。だがその鳥はヌスミドリではなく、フユガラスの一種だった。 「レーテー……お前……」  レーテーの世間知らずさに、怒る気力も失せていた。  その後は特段変わった事無く、森の辺りまで進むことが出来た。振り返ると、ガーランド市場が豆粒ほどの大きさだ。  太陽を見ると、ちょうど真上に来ていた。 「さて、そろそろ昼飯にするか」 「やったー!」  やはり、レーテーは食べると言うことに異常な執着があるらしい。先ほども鳥を追いかけていたが、捕まえて食べようと思っていたのだろう。 「何を食べるの? 今日もヌスミドリ?」 「レーテー、そういうと思ってヌスミドリを持ってきたんだ」 「やったー!」  やはり、二日続けて同じものを食べても飽きないのだな。朝のうちに買ってきてよかった。だが、串焼きは持ち運びの点から持ってくることは出来なかった。 「串焼きじゃないが、この……」 「串焼きがいい!」  レーテーは幼子の様に叫ぶ。  やってしまった。多少持ち運びに不便でも持ってくればよかった。  俺とカガチは目を見合わせる。 「ほら、ヌスミドリ入りパンだ」  鞄から包みを取り出す。中にはヌスミドリをパンに挟んだ料理が入っていた。まだ少し暖かそうだ。 「レーテーさん、これとっても美味しいですよ。串焼きぐらい。たぶん……」 「ああ、こいつは串焼きよりはうまいぞ」  俺とカガチはどうにかしてレーテーを落ち着かせようとする。 「嫌! これ食べたくない! 串焼きがいい!」  そのままレーテーは小一時間ほど泣き続け、とうとう疲れたのか、木陰で膝を身体にぴったりと付け座る。 「ゲルグ、お腹空いた……パンちょうだい……」  自分から食べないと言っていて何を言う。と思ったが、相手はまだ子どもだ。そんな気持ちをぐっと心の奥に押し込める。  俺はレーテーにパンを渡す。だが次なる問題が発生した。 「……これ暖かくない……」  レーテーはがっくりとうなだれる。当然だ。買ってから相当時間が経っている。冷めているに決まっている。レーテーは、もはや叫ぶ元気すらもないのか膝に顔をうずめる。  だが、こんなこともあろうかと、俺は秘密兵器を用意していた。 「そこでこれだ」  俺は鞄からもう一つ取り出す。それは黒っぽい板のようなもので、折り畳み式の足と数本の糸がついている。 「なにこれ……」  レーテーは興味が湧いてきたのか顔を上げる。 「こう足を立てて、パンを乗せる。そして、この糸を一本引く。すると……」  糸を引いた瞬間、黒い板は白い蒸気を発していく。  少し待つと、パンはホクホクと温まり、とても美味しそうだ。 「これはな、長旅の必需品、熱板さ。ここの糸を引けば、一気に温まり、いつでも美味しい料理が食べれるってわけだ」  出発前にこれを買っておいてよかった。これが無ければ今日も足止めを食らっていただろう。 「この国にも熱板あったのですね。てっきり〈金貨の国〉にしか無いと思っていました」  カガチは熱板をまじまじと見つめる。  しばらくパンを温めて、食べごろになったか確認する。 「よし、そろそろ食えるぞ」  そう言うと、レーテーは真っ先にパンをとる。 「あっつい!」 「冷まさなきゃ熱いだろう。こうやって冷ますんだ」  俺はホクホクとしているパンに向けてふーふーと息をかける。 「ほら、これで美味しく食べれるはずだ」  レーテーはパンが熱くないことをしっかりと確かめ、大きな口を開けて頬張る。 「……」 「どうだ?」 「……おいしい、ゲルグ! もう一個ちょうだい!」  どうやらレーテーはヌスミドリパンを気に入ったようで、パンを一気に食べてしまった。 「そうか、気に入ったか、どんどん食え」 「それと、カガチもな」  俺は熱板で焼いておいたもう一つのパンをカガチの口に運ぶ。 「……美味しいです」 「だろう、うまいだろう」  腹も膨れ、道端の木陰で休んでいた時、遠くから馬車が走ってくるのが見えた。  俺は背の剣をいつでも抜けるようにしておく。追手ではないだろうが、警戒しておくに越したことはない。 「ゲルグ、何あれ」  レーテーが指さす。 「馬車だ。物を運ぶのに使う」  レーテーは馬車に興味津々だったが、やがて自分の数倍大きい馬の存在に気が付いて、俺の後ろに隠れてしまった。昨日の事もあり、自分より大きいものが怖いのだろう。  そのまま馬車が目の前を通ろうとした時、急に馬車が止まる。  何事かと思い、俺は柄を握る。  手綱を握っていた主人が馬車から降りる。 「こんにちは、旅の方ですか?」  気さくな主人が話しかける。危険は無いようだ。柄から手を離す。 「そうなんです、マリナのほうまで」  マリナはここから西の方角にある街だ。この先、中継地点にしようと思っていた。 「よかった、実は私たちもマリナのほうに行こうとしているのですが、まだまだ遠くて後ろに乗っている娘が暇しているのです。そこで、マリナまで送って行くので、お子さんたちに娘の話相手になってほしいのです。見た所、歳も近そうなので、話もあうでしょう」  そう言って、俺の影に隠れるレーテーと、カガチを見る。  どうやら完全に良心で誘っているようだ。レナトゥスの一員でも無いだろうし、ここはお言葉に甘えて乗せて貰おう。 「ありがとうございます。是非ご一緒させてください」 「こちらこそありがとうございます。ほら、ルナリア、挨拶を」  主人が呼ぶと、荷台から少女が降りて来た。余所行きの上品なドレスに身を包んだ少女は、馬車から降りるなり気品に溢れた挨拶をした。 「こんにちは、ルナリア・シューベルです。よろしくお願いします」  空色のドレスを着た少女は可憐にほほ笑む。 「どうも、俺はゲルグと言います。こっちはレーテーで、こちらがカガチ」 「よろしくね」 「よろしくお願いします」  二人は挨拶する。 「申し遅れました。私はハイネル・シューベルです」  一足遅れて、主人が挨拶する。 「それでは私とゲルグさんが前に、お子さんたちは荷台に乗ってもらいましょう。子ども同士の方が話も弾むはずです」
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