第七話 二日目 ルナリア

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第七話 二日目 ルナリア

 馬車の荷台は、ちょっとした小屋のようになっており、本棚が立ち並んでいた。 「本がいっぱい!」  レーテーは近くにあった本を手に取る。 「だめですよ、レーテーさん、ヒトのものは勝手に触っては駄目ですよ」  カガチはレーテーの代わりに謝る。 「いいのよ、それよりももっとあなた達のこと教えてくれない?」  ルナリアは悪戯っぽく微笑む。  ルナリアの笑顔が眩しいのかカガチはしどろもどろになる。 「緊張しているのかな? まあいいや、先にレーテーちゃん自己紹介お願いします!」  本を取ろうしていたレーテーが意表を突かれたのかビクッとする。 「えっえーと、わたしはレーテーです。すっ好きなものはヌスミドリの丸焼きです」  初対面の相手に緊張しているからか、どもりながらレーテーは言う。 「へぇヌスミドリの丸焼きが好きなんて渋いねぇ……。ところでレーテー・なにちゃんなの? 苗字みたいのないの?」 「えっ? えーと」  はきはきと喋るルナリアにレーテーは困惑する。 「あっごめんねぇ、変なこと聞いちゃって。なにか事情があるんでしょ。無理に言わなくてもいいよ」  少し気まずい空気になったが、すかさずルナリアが取り繕う。 「ほかに好きなものとかあるの? 例えば本とか!」 「本は読んだことないです。……、他に好きなものは……ゲルグ……?」 「ゲルグ……? もしかしてお父さん⁉ レーテーちゃんはお父さんが大好きなのねぇ」  ルナリアは少し驚いたような表情をしたが、すぐにレーテーに笑いかける。 「そして、カガチ君。君も自己紹介お願いします!」  隅で小さくなっていたカガチはようやく落ち着いたのか話し始める。 「僕は、カガチ・ベネット。ゲルグさんとは訳あって同行させていいただいています」  カガチははっきりした口調で話す。 「へぇ、何か好きな物とかある?」 「好きな物は……お菓子とかですね」 「お菓子ね……。食べた事ないけれど、やっぱり美味しいの?」 「とっても美味しいです。特に蜂蜜がかかっているお菓子がとびきり美味しいですね」 「なるほどね、私もいつか食べてみたいな」 「ところでカガチ君、そんなフードを被って顔が見えないよ」  そう言ってルナリアはカガチのフードをまくる。 「やめっ」  遮るカガチの手をよそに、フードを脱がし、カガチの顔を見たルナリアは目を見開く。  中から大きな金色の単眼が露わになる。 「……君は金創族(アルケミー)だったのね」  カガチの脳裏に嫌な記憶が蘇る。またあのような事をされるのかと、カガチは身構える。だがカガチの予想に反してルナリアの反応は好意的だった。 「いやぁ、この目で金創族(アルケミー)を見たのは初めてだよ。てっきり本の中の種族かと思っていたよ」 「金創族(アルケミー)とお友達になるなんて、無理だと思っていたよ。ねぇ、友達の証に握手してよ」  ルナリアはカガチの手を取ろうとする。だが、手を握る事は出来ない。 「あっ……」  ルナリアは、カガチに手が無い事に気が付いた。二人の間に気まずい空気が流れる。  その時、荷台の前にある扉からハイネルが顔を出す。 「準備が出来たよ。みんな、少し揺れるからね」  そう言うと、馬の走る音と車輪の回る音が聞こえる。  馬車が発車してしばらくしたころ、気まずい空気を打ち破って、レーテーが悲鳴をあげる。 「ひゃあ! この子なあに!」 「どうしました⁉」  カガチが見に行くと、そこには毛が針のように尖っている犬がいた。 「あぁ、その子はスパイク。ヘッジハウンドのスパイクね」  ルナリアが「おいで」と言うと、針の塊はルナリアに飛びついた。その様子に、レーテーは少し怖がっていた。 「……いたそう」 「痛く無いよ。ほら、触ってみ!」  ルナリアはレーテーの手を取る。レーテーはゆっくりとスパイクに触れる。少しざらざらしていたが、暖かい。 「わあぁ……」 「ね! 痛く無いでしょ」 「うん」  さっきからレーテーはスパイクを撫で続けている。触り心地が気にいったのだろう。  そして、とルナリアはスパイクの身体に触れる。 「ヘッジハウンドは、針をこう……」  ルナリアはスパイクの身体から針を一本引き抜く。  それを見たレーテーはぎょっとする。 「痛くないの?」 「大丈夫よ、むしろ、ちょくちょく抜いてやらないと、針塗れになるからね」  ルナリアはなんてこともないような様子で言う。 「そして、針の先をこうやって、ちょんちょんってしてやると……」  ルナリアは針をペンのように持ち、近くの紙に何かの文字を書く。 「ヘッジハウンドは、針の先からインクみたいな液体を出すんだよ。どう? 面白いでしょ?」  ルナリアは針で文字のようなものを書く。 「ほら凄いでしょ」  レーテーを見ると、紙に書かれた文字に釘付けだった。 「ルナリア、これなんて書いてあるの?」 「これはルナリア・シューベルって書いてあるのよ。レーテーちゃん、字が読めないの?」  レーテーは力なく頷く。 「じゃあ私がレーテーちゃんに字を教えてあげよう。そこの本棚から気になる本を取ってきて。私が字を読んであげる」 「いいの!」  レーテーは小走りで本棚に駆けて行った。やがて、一冊の本を持ってきた。 「なになに……  よしよしと言いながらルナリアは、レーテーを自分の足の間に座らせ、本を読み聞かせる体制になった。  すっかり二人の世界に入ってしまったルナリアとレーテーをよそに、カガチは書見台を使って別の本を読み始めた。  本の内容はよくある童話だった。王様が長命族(エルフ)融纏族(アプサラス)奴隷族(ゴブリン)に虐められている場面から始まり、王様は苦しんでいた。そこに、王様を哀れに思った神様が、王様に魔法の力を与えた。すると、王様は雷を落として虐めていた相手を懲らしめた。単純明快な、それだけの話。  気が付くと、レーテーはすーすーと寝息をたてていた。  馬車の外は、真っ暗だった。 「あら、もうこんな時間なのね」  本は時間を忘れさせてくれる。レーテーは何処まで聞いてくれただろうか。  思い出したようにカガチの方を見ると、書見台を使って本を読んでいた。棒を使うことで手を使わなくても読めているようだ。だが、次のページがくっついていて、なかなか開かず、じれったそうにしている。  私は次のページをめくってあげる。 「ありがとうございます」  カガチは本から顔を上げる。 「いやぁ、君は器用だね。ずっと気になっていたんだけど、その手は生まれつきなの?  ……勿論、言いたく無ければ言わなくても大丈夫だからね」  そう言うと、カガチは一呼吸おいて語り始めた。 「この腕は切られたんです」  予想外の答えに息をのむ。生まれつきかと思っていたが、まさか切られていたとは。カガチに一体何があったのだろうか。 「切られたって、なんで?」 「金創族(アルケミー)の特徴は知っていますね。体液から金を作ると」  私は頷く。 「一年ほど前に、大嵐に襲われた時がありました。困った僕は、近くにあった屋敷に一晩だけ泊めてくれとお願いしました。屋敷の主は、ちょっとした貴族のような身なりをした女性でした。……今思えば、誰かから盗んだ金で買ったものだったのでしょう。とにかく、その女は僕を一晩泊めてくれました」 「……」 「次の日になり、嵐が収まった為、旅を再開しようとしました。礼を言い、出発しようとした時、女は気持ちの悪い猫なで声で『忘れている物があるだろう?』と言いました。止めて貰った恩もありますが、面倒ごとを避けたかったので、僕は金をいくらか渡しました。これで解放される。そう思った矢先、女は家畜を見るような目で『泊めてやった礼はこれで勘弁してやろう。だが、昨日出してやった晩餐の分は足りないな』と言いました」 「そんな酷いヒトがいるのね……」  思わず呟く。 「それからと言うもの、女は僕から金を奪いました。私の時間を使ってやっている分や、私が不機嫌になった分など、完全に言いがかりでした。日が暮れ、山積みになるほど金を出しても女はまだ満足しませんでした。金創族(アルケミー)は、主に涙で金を創るので、目は乾燥し、涙はとうの昔に枯れ果てていました。『もう創れません』と言うも、女は『涙が枯れたか、ならば血で作れ、金創族(アルケミー)は身体中の水分から金を創ると聞くぞ』と言いました。この女は僕を手放す気が無いと、ようやく悟った僕は、力なく己の腕に噛みつき、たらたらと垂れる血で金を創り始めました」  腕の傷がうずくのか、カガチは顔をしかめる。 「腕に沢山の嚙み跡を作りながら、僅かながらも金を創りきった僕は、大量の血を失い、とうとう倒れました。女は『もう限界か』と言い、僕を地下に連れて行きました。そして、もっと“金を創る方法”として、僕の腕を切り落としました。女は溢れ出た血を椀で受け止め、やがてそれが金になり始めると、女は狂ったように喜びの声を上げました」 「えっ……」  私はたじろぐ。 「気分を悪くさせてしまいましたね。その後、どうにか逃げ出した僕は、逃亡の旅の中でゲルグさんに助けて貰った訳です。すみませんね、長話してしまって」  カガチはほほ笑む。その目は笑っていなかった。 「……さっき私を避けていたのは、その件で女性が苦手になったから……?」 「それもあるかもしれないですね。まあ昔から女性は苦手でしたから」  はぁ……。私は嘆息を漏らす。  ただの人見知りだと思っていた少年が、こんな過去を持っていたとは。 「長話したら疲れましたね。僕はもう寝ます。面白くない話をしてすみませんでした」 「……うん、おやすみ」  そう言うと、カガチは壁にもたれ、すぐに寝てしまった。  カガチ君は私とほとんど変わらない年なのに、こんなに苦労して……。  私ももっと頑張らなきゃ……。
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