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「おーよしよし……ふぅ〜…なんとか事態を収拾できそうじゃの。すでに犠牲者がかなり出てしまったが……」
そんな二人の傍らに、いつの間にやら白衣を着た老人が立っていて、その手に一羽の雄鶏を携えてあやしながら、誰に言うとでもなく呟いている。
頭には包帯を撒いて、顔に絆創膏をいくつも貼っているが、彼は誰あろう研究所を脱出したDr.アベだ。
「あ、あなたは……?」
「…ん? わしか。わしは通りすがりの科学者じゃ。おまえさん達も無事でなにより」
思わず青年が譫言のように尋ねると、Dr.アベは冗談まじりにそう言ってはぐらかす。
「こんな時のため、TKGガスには素粒子レベルで強制停止コードを組み込んでいての。そんで近くの養鶏場へこいつを借りに行ってたんじゃ。百鬼夜行の故事に倣って、一番鶏の鳴き声を聞くことによってコードは発動する。あとは朝日が登るのを待てば、情報のネットワークは消滅し、またもとの廃棄物に戻ることじゃろうて」
だが、科学者の性として誰かに語りたいのか? 訊いてもいないのに今起きたことのカラクリを説明してくれる。
「ガスも霧散して薄まったことだろうし、もう被害が広がることもなかろうて……おっと、これは国家機密じゃったの」
しかし、喋りすぎたことを自覚すると、それ以上は無駄口を叩かずに軌道修正を図る。
「そこのお二人さん。今夜見たことは表向き〝幻覚作用のある天然ガスによる集団ヒステリー〟として処理される。誰に言っても信じてくれんじゃろうから、まあ、夢でも見たと思って忘れることじゃ。では、ご機嫌よう……」
そして、置いてけぼりの二人にそんな忠告を加えると、雄鶏をまた撫でながら、どこへともなく立ち去って行ってしまう。
遠くの山並みに目を向けてみれば、稜線は紫色に染まり始め、夜明けの時刻が迫ってきている……。
「これが集団ヒステリー? ……いや、実際にあのバイク、ひとりでに走り回ってるよな?」
「これ全部、夢? ……痛っ! やっぱ痛いんですけどお!」
しかし、いまだ付喪神達が恐慌状態に陥って走り回る中、わけのわからぬ青年は目をパチクリさせて辺りを眺め、少女はほっぺたを抓ると夢でないことを再確認していた──。
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