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◆
あの出来事から三週間が過ぎた。北原に毎日抱かれて、すっかり俺のナカはアイツの形になってしまった。
男に抱かれるなんて、一ヶ月前の自分は欠片も考えてなどいなかった。だけど、北原に抱かれるのは嫌いじゃない。
北原の与えてくれる快感は、あの出来事を忘れさせてくれる。抱かれている間は、考えなくて済む。
何より、北原の腕の中はどこよりも安心できた。
その日は天気の良い朝だった。
いつも通りに、北原が焼いてくれたトーストと、目玉焼きを食べていた時だった。
ピンポン。
インターフォンが鳴った。ビクッと肩が揺れる。二人の間に沈黙が流れる。
今まで、ここに来る者などいなかったのに。
ピンポン、ピンポン。
どうしよう。きっと、警察だ。震える俺の肩に北原がポンと手を置いた。
「大丈夫だよ 」
北原を見ると、静かに微笑んでいる。
「北原? 」
北原は立ち上がると、俺がここに来てから一度も付ける事のなかったテレビのスイッチを入れた。
『……さて、次は連日お伝えしている、女子大生殺人事件です 』
「……っ!! 」
聞きたくなくて、リモコンを北原の手から奪おうとすると、俺が届かない様に高く掲げた。
「きた、はらっ!!」
「南野、愛してる 」
腕を掴まれ、背伸びする体勢でキスされる。
『……被害者の西村 薫子さん…… 」
ピンポン、ピンポン、ピンポン!!
「北原さんっ、いるでしょう? 北原さんっ! 」
遂にはドンドンと扉を叩かれる。
こんな状況なのに、丁寧なキスだった。お互いに離れ難い口唇がゆっくりと離れ、キスが終わる。
「タイムリミットだ 」
北原がそう言うと同時、ワイドショーのアナウンサーの声が耳に入って来た。その内容に俺は目を瞠る。
『頭を殴打され、殺害された西村さんは、廊下に、……ここですね、ここで倒れていました 』
殴打? どう言う事だ? 俺はルコをナイフで……。
理解が追いつかない俺に、北原が言った。
「許せなかったんだよ、俺は 」
「北原? 」
「女ってだけで、当たり前の様にお前の隣りに居て、当たり前の様に愛されて。それだけならまだしも、俺の一番欲しい場所に居るくせに、大切にもしないで、弄んで傷付けて。」
北原は棚から、四角い箱を取り出した。それは俺がルコのために用意したペアリングの箱だった。
「安心していいよ。南野があの女の所に行った証拠はない。全部俺が消したから 」
言いながら、箱を開けて女用のリングを取り出すと自分の小指に嵌める。
「これは、俺が貰っていいよね? 」
「北原っ! 居るとは分かっているんだ! 早く開けなさいっ! 」
ドアの外から聞こえる大きな声よりも、北原のポツポツと話す声の方が、はっきりと聞こえる。
「南野と一緒に居れたこの三週間、俺の一生の中で一番幸せだった 」
俺は呆然として、その場に立ち竦む。
「じゃあね、南野。南野は綺麗なんだから、綺麗なままなんだから、幸せになってね 」
泣きそうな表情で笑う北原に、この時、何て言えば良かったのか。
「ハイハイ、今行きまーす 」と、北原が明るい声で玄関へ向かう。
玄関を開けるなり、警官が押し入って来た。
「北原 波瑠。殺人容疑で身柄を確保する 」
決めつけた、圧のある声が聞こえて、俺はヘナヘナとその場に座り込む。
何でそんなこと、したんだよ。涙が溢れて止まらない。
「馬鹿だよ、お前 」
俺なんかのために。お前の為に何もしてやってないのに。
俺はペアリングの箱を開けると、残されたリングを自分の左手の薬指に嵌めた。
リングは俺の指の上で、鈍い光を放っていた。
《おわり》
2024.6.22 執筆
2024.6.23 公開
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