すぐ隣にある世界

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 それは突然に起きた。尋常(じんじょう)じゃない悲鳴と逃げ惑う音。夏木 颯也(なつき そうや)はベッドから飛び起きてカーテンを開け、そのままフリーズした。 ……自分はまだ寝ていただろうか?  そう思わずにはいられない風景が窓の外には広がっていたのだ。具体的にいうならどう見ても人間じゃない大きさ様々な異形(いぎょう)の者があちらこちら。今もまさに颯也の目の前を悠々と(うろこ)のある長い体をしたものが通り過ぎた。  「は?」  後退(あとずさ)った足がうにっとしたものを踏んで慌てて床を見ると、かまぼこのような形をした真珠色の何かが(うら)めしそうな目を向けていた。目はビー玉のような大きさの水色。もちろん見たことがないモノだ。夢と思いたいがあまりにリアルな触感が足の裏に残っている。うにうに……踏まれたダメージはあまりなかったようでそれは颯也を見ながらベッドの陰に移動していった。  「まじか……」  一体何が起きているのか。ベッドの下を(のぞ)く勇気はない。そうだ両親はどうなっているかと速足で1階に降りると玄関に母がへたり込んでいるのが見えた。  「母さん⁉」  「あ、颯也……」  助けを求めるように伸ばされた手を握って膝を付くと混乱した様子で目を潤ませた。(おび)えるように玄関のドアを気にしながら気丈(きじょう)に話そうとする。  「……外に、大きな赤いお面が浮いているように見えたの。それを言ったら、何をバカなことを言っているんだって、お父さん……誰かのいたずらと思ったみたいで」  想像がつく。颯也の父は現実主義でオカルトめいたことは全否定の人だ。こんなファンタジーが現実になったような現象を認めるはずがない。母が身を震わせた。  「とても大きななまはげに似た顔だった。お父さんが怒鳴って、そうしたら……口が大きく開いて、ばくって、上半身、食われてっ」  リアルに想像してしまい颯也の顔からも血の気が引く。 「父さん、無事なの……?」  「わからない。(くわ)えたまま、飛んで行っちゃったから。私の方にも来そうだったの。だけど……お義母(かあ)さんが助けてくれた」  颯也は首を傾げる。父方の祖母は6年前に亡くなっている。父の親とは思えないほど否定の言葉を口にしない優しい人だった。  「……ゆーれい?」  「そうね。半透明だったわ。間に両手を広げて入ってくれて、はっきり聴こえたの。昭美(あきみ)さんに手を出すのは許しませんよ! って」  母の顔は恐怖と複雑なうれしさに揺れていた。その視線がふと天井に向いて強張(こわば)る。視線を追って颯也も息をのんだ。大きな、バスケットボール大の目玉が浮いている。  「もう、無理……」  「母さん⁉」  ふらりと上体が揺れ、母が倒れ込む。気絶したのだ。救急車を呼ぶか、近所の人に助けを呼ぶかなどひとしきり考えて颯也は母の両脇に腕を入れてずるずると引きずりリビングのソファに横たえた。恐怖で気絶したなら眠っていた方が幸せな気がしたからだ。現状が落ち着く保証はないけれど。  外からは相変わらず悲鳴が聴こえていた。家の中にもちらほら不思議なモノが視界に入る。颯也も正直現実逃避をしたい気持ちはあるが立て続けの遭遇(そうぐう)に感覚が麻痺(まひ)してしまったようだ。とりあえず、父を探してみようと食欲のない腹にあんパンをお茶で流し込み、高校の制服を着る。遅刻だろうけれど登校もした方が良いかと思ったのだ。それなのに手ぶらで家を出た辺り颯也もかなり動揺している。けれど、外は颯也の思考が冷静になるほどパニック状態の人間で(あふ)れていた。
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