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颯也は色々な不思議なモノから身を隠したり、逃げたりしながら走った。町には恐怖に泣き叫ぶ人もいれば、記念撮影とばかりにカメラを向けている人もいる。怪我人もたくさんいた。逃げる途中で転んだ人、運転操作を誤って事故を起こした人、果敢にも立ち向かって返り討ちになって呻いている人。うまい具合に倒せて興奮している人。恐怖から逃れようと自殺しようとする人を止めている人達。滅茶苦茶だ。とてもじゃないが父の情報が聞ける状況にはない。
「高いところからなら赤い色が見えるかも」
すぐに思い浮かんだのは4階建ての高校だ。やはり馴染みのある場所が浮かぶ。先生に助けを求めることができるかもしれないと思い足を速める。校門まで一直線になったところで颯也は前を行く人影に気付いた。踊るようにすいすいと人も異形のモノも避けて進んでいく。同じクラスの近藤ツグミ。物静かな優等生。そんな印象の彼女の口元に笑みがあった。
颯也は追いつこうと足を動かす。声が届きそうなくらい距離が縮まった時、颯也は目を疑った。ツグミは横から出てきたオオサンショウウオのようなモノを片手で掴んで、そのままポイッと放り投げたのだ。まるでそれが普通だというように。
颯也が凍り付いている間にツグミは屋上へ向かう階段に足を向けていた。少し迷って追いかける。どっちみち高いところを目指していたのだ。重たい金属の扉が閉まり切る前に体当たりするように屋上に出る。足元を何かが逃げるように走り去っていった。
「ふふっ」
笑い声が聴こえ、颯也はそちらに視線を向ける。グラウンドが見下ろせる場所の柵にもたれてツグミが笑っていた。ゆっくり近寄れば颯也の目にグラウンドを駆けまわる大きな恐竜のような生き物が見えた。目の前で颯也たちの担任が弾き飛ばされて倒れる。まだ若い、生徒との距離が近いことが人気の青年教師。同じものを見たはずなのにツグミは少しも動揺していない。颯也はそれが何よりも怖いと思った。
「なんで、笑っているんだ? こんな、わけのわからないことが起きているのに」
思わず問いかけた颯也にツグミはつまらなそうに一言。
「私にはいつも通りだもの」
「え」
「強いていうならいつもよりカラフルでリアルだけど」
「何を言って……」
ツグミはうれしそうに異形のモノが動き回る周囲を見渡した。
「私は嘘つきなんかじゃない。多くの人が感じないから、見えないから、理解できないと否定する。可哀そうな相手を見るような顔でもっともらしく先生も言ったわ。友達を作ろう。そうすれば見えなくなるよって。……これが、ざまぁって感情なのね」
今まで見たことのないツグミの笑顔が恐ろしい。それでも、颯也はツグミの優しさに期待して言葉を絞り出す。
「でも、先生は酷い怪我をしたみたいだ」
「うれしいわ。だって、怪我をすれば幻覚や妄想として片付けられないでしょ。きっと傷を見るたびに恐怖を思い出す。この異界の者達の大反乱を」
「先生が、友達が、もしかしたら近藤さんの好きな人も怪我をしているかもしれないんだぞ!? それなのに!」
「こちらの事象に寄り添ってくれた人は一人もいないわ‼」
鋭い声が颯也を遮る。堰を切ったようにツグミは叫んだ。怒りと、悲しみと、やりきれなさと、歓喜が混ざった顔で。
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