すぐ隣にある世界

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 「私だって怖かった! 助けてほしかった! 誰も助けてくれないってわかった時、私はポーカーフェイスを保つようにしたわ。牙を持つ生首にかじられて痛くても! 上から何かがいきなり落ちてきても! 何かがずっと付いて来ても! 反応すれば周囲から変な目で見られる。この人ならと話したら絶望ばかり。平凡な日常を送るために、自分の日常を封じて生きていた私の気持ちの何がわかるの!?」  颯也に返せる言葉はなかった。今、颯也が見ている世界を当たり前に見つめていたなんてどれほどの恐怖と緊張を強いられるのか。それを(おもて)に出さず優等生と言われる生活を保っていたツグミ。逆の立場だったら発狂している。ツグミが哀しい笑みを浮かべた。  「きっと、私は狂っているのよ。そうじゃなきゃ楽しいわけがない」  「近藤さん……」  「私がやったわけじゃないけれど、現状たくさんの人が私と同じ思いを知っているならどうしたってうれしいのよ」  颯也は(うつむ)いた。ツグミの言動は異常だと思う。けれど、颯也にはどうしても否定ができなかった。  「……赤い、なまはげみたいな大きな顔のやつ、知らないか」  ツグミが目を(またた)かせ信じられないものを見たような顔をして颯也を見た。  「詳しいなら、教えてほしい。父さんが(さら)われたんだ」  「…………信じるの?」  「わからない。でも、信じない理由もない。知ってしまったなら、もう否定もできないだろう。それなら、俺は言うよ。助けてくれ」  身勝手だと思いながら颯也は頭を下げた。今まで知らなかったとはいえ、彼女を否定する側にいた自分が手のひらを返したように頼るなんて調子が良過ぎる。(こた)えてくれないかもと(あきら)めかけたその時、小さな声がした。  「あれは見た目よりも平和よ。困るととりあえず(くわ)えて飛び回る……あれには手足がないから。……静かになれば捨ててくわ」  「ありがとう、近藤さん」  顔を逸らしたツグミに頭を下げ、颯也は屋上を後にした。どこで解放されるかはわからないが、命の危険がないなら戻ってくると思えた。ふと横にいた大きな目玉に手を伸ばすと通り抜けて驚く。グラウンドに降りると恐竜モドキは相変わらず走っていたが倒れている先生を通り抜けするようになっている。世界が戻っていくのだと感じた。  実は日本中で起きていた半日にも満たない時間の騒動だった。  颯也の父は魂が抜けたような様子で夕方に帰って来た。母も夜には目覚めた。表面上は元通り。でも、程度の差はあれど一度知った世界を完全に忘れることは難しい。見えないけれど、今もすぐそばにいるのだろうか。静かなパニックは続く。それが日常になる日まで。
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