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③
裕子の両腕を掴む男子。そのままトイレの奥の壁まで行って、裕子の背中を、壁に押し付けた。その目は笑っていない。身体全体を、近づけて下半身を、妙に動かしながら、押しつけてくる。
掌で裕子の胸を掴もうとした時だ。
「おい」
比呂人の声だった。
男子の後ろに立っていた。男子は、驚いて裕子から素早く離れると、トイレから出て行った。比呂人は、それを見送っている。振り返って、裕子を見ると、
「俺、トイレすっから」
と言った。
裕子は、我に返ってトイレを飛び出し、保健室まで走って行った。養護教諭が、何かを言い出す前に、ベッドに飛び込んで布団をかぶる。
急に全身が震えだした。養護教諭は、ベッドの回りのカーテンを閉めるだけで、裕子には何一つ声を掛けない。裕子も何も言わず、放課後までベッドにもぐっていた。保健室が閉まる時間には、生徒は全員、校舎内から出る。裕子は、自分の身に起こったことを、誰にも言わずに下校した。
その夜、裕子が、自室の机で本を開いたときだった。
ふと背後に、人の気配を感じた。裕子が椅子を回転させると、そこに老人が立っている。家に来た、お客さん?
着物を着ている。丸い形のつばのついた帽子をかぶり、丸眼鏡をかけていた。相当な年寄りにも見えるが、今の裕子には、それはどうでもいいことだった。関わりたくない気持ちが先に立つ。
「誰?」
父か母の知り合いだろうか。異様な感じはするが、変な動きもせず、裕子に恐怖感は無かった。しかし、鬱陶しいので、早く去ってほしい。
「おいら、富士見 小庵、というのさ。おいらの弟子達は、おいらのことを天地人虚無大師と呼ぶけどね」
老人の割には、子どものような言葉遣い。だが、声はやはり老人だ。
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