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⑤
裕子は、小庵から聖書を奪い取ると小声で言った。
「でも、神様は、ロトの家族を助けました」
「ああ、そうだった。神様は、悪い奴らばかりの街でも、最低10人の正しい人がいれば、街を滅ぼさないって、約束してくれたんだよね。でも、10人もいなかったじゃん。ロトの家族の4人だけだったし。残念でしただね。それに、4人は、生きて街を出て助かったのに、ロトの奥さんは……」
裕子は聖書を開くと呟いた。
「神から、『ソドムの街を振り返って見てはいけない』って言われたのに、ロトの妻は見てしまい、体が塩の柱になってしまった」
「そうだったよねえ。結局、都市が2つぶっ飛んで、沢山人が死んで、生き残ったのは3人で。大昔から人間は、アホばっかりだったんだな。あ、それは今も変わらないか。ね、孤邑ちゃん」
小庵は、裕子の肩に手を置いた。
「あの! もう、用事が無いのなら、出て行ってください」
焦燥感が、肩のあたりを圧迫する。はやく一人になりたい。
「うふうふうふ。いい感じ。孤邑ちゃんなら、もうちょっと違う言い方がいいなあ」
何を挑発しているのか、小庵は、丸眼鏡ごしに目を細める。
「じゃあ、こう言ってやるよ! ウザいんだよ。出てけよ!」
ここまで、粗暴な言葉遣いをしたのは、初めてだった。高揚感を覚え、自分に驚く裕子だった。
「やったね。それでいいよ! じゃあねえ、潮柱孤邑ちゃん。ああ潮柱って、ロトの奥さんが塩の柱になったからつけた名前じゃないからね」
その言葉を最後に小庵は、スッと消えた。
裕子は、突然、胸に圧迫感を覚えた。自分の発した激しい言葉がきっかけになった様だ。今まで無理に飲み込んでいた感情が、一気に噴出しようとしている。
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