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 裕子は、自宅に着いたときに、 「おい」  と、母に言ったが、母からの返答はなかった。  裕子は、自室に戻って椅子に座る。心のざわつきはない。(むし)明鏡止水(めいきょうしすい)の心境だった。 「おかえり。孤邑(こむら)ちゃん」  小庵(しょうあん)の声。もはや、この老人、ただの人間ではないと悟る裕子だった。人ならざる者の気配だが、空気のような存在に思えた。 「あんたは何? 何かの神様? 悪魔? 物の怪? 私に何の用なの」 「あは。別に用はないけど。孤邑ちゃん、ストレスが()まっているみたいだったからさ」 「そんな人、この世の中に沢山いるのに、なんで私のところに、あんたが来るのよ」 「孤邑ちゃん、なんか怒っているからさあ」 「…………うん。そうだ。私は、怒っていたんだ。すごく怒ってた。何もかもに。あんたに会ってそれに気づいた」 「でしょ。でしょ。だからさあ。すっきりしようじゃない」  小庵は、ストンとあぐらをかいて座った。 「え?」 「あした、学校をぶっ(こわ)そう。ソドムとゴモラみたいに」 「はあ? 私、神様じゃないし。どういうこと」 「あははは。そうだよね。孤邑ちゃんは、神様じゃないよね」 「そう。それにいくらぶっ壊すって言っても、爆破したり、火を付けるなんてだめだよ」 「おっと、そのぐらいの理性は、あるんだね。じゃあこれでいこう」  小庵は、(ふところ)から1リットルのプラスチックボトルを2本取り出した。 「このボトルの液を混ぜるとねえ。卵の腐ったような臭いが発生するすんだ。硫黄(いおう)の代用だね」 「それって、人が吸って危険性は無いの?」 「まあ、いい臭いじゃないからね。気分は悪くなるかもね。でも、硫黄に包まれたソドムとゴモラ的な雰囲気はだせるよ」 「その2液を混ぜながら、廊下に撒くのね」 「そうそう」 「硫黄の異臭にクラスのみんなは、驚くってわけだ……ってこれってテロっぽくない?」 「あはは、そうかも。でもみんなビビるよ。人間性丸出しかもね」 「そうだ。丸出し! いい。お爺さん私やるよ。そのボトルちょうだい。明日、やってやる」
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