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「お待たせしましたー。特製ベリーソースのパンケーキでーす」
可愛らしい声とともに、ラブリーな色をしたベリーとバナナとミントで可愛く盛り付けられたパンケーキプレートが目の前に置かれた。
今が食べ頃のキラキラを纏っていて、お姫様が食べていても遜色ないくらいだ。口の中にじゅわっと唾液が広がった。
目線の高さに見えた清潔感溢れる制服が、ひときわ爽やかに感じて視線を上げると、若くて可愛らしい女の子がにこりと笑ってペコリとお辞儀した。
「お好みでチョコソースをおかけして、お召し上がりくださいっ」
「あ、ありがとう」
もちろん、オーダーを取った男性店員が必ず持ってくるとは思っていなかったけれど、ちょっとだけ、このキラキラパンケーキにご対面した時の感動と同じくらいちょっとだけ期待していたことは否めない。
でも、冷静に考えれば、彼はただの店員であって、あの素敵な笑顔も、営業時間限定で不特定多数に振りまくものだ。
予めセッティングしてあるフォークに手を伸ばし、フレッシュベリーをすくって口へと運ぶ。
あたしは別に、モテ期がなかったわけではないし、全くナンパされなかったわけでもない。あたしもこのベリーくらいフレッシュな時は、それなりにそれなりだった。
プチプチと口の中でベリーが弾けて甘酸っぱさが広がっていく。
ただ、王子様と思えるような相手がいなくて、胸がトキメク出会い方をしなかっただけで。
「ねーお姉さん、可愛いね」
「あの、困ります」
その微かな声にハッとし振り返ると、先ほどの可愛らしい店員さんがテーブル席に着いている若くて派手そうな男性に絡まれていた。困惑して怯えた様子の彼女にハラハラしながら様子を伺っていると、オーダーを取った男性店員があたしの目の前を通り過ぎた。そして彼女を守るように客との間に割って入り笑顔で対応し始めた。
あたしのフォークはパンケーキの端っこを差したまま止まっていて、あたしの目は二人に釘付けだ。
男性店員は、無事に男性客から彼女を引き離すと、そっと促してバックヤードへと彼女を連れて行く。その優しい眼差しは不特定多数に向けられるそれとは到底温度が違っていた。
ああ、きっと、あの人にとっては彼女がお姫様なのだ。
そして顔を赤らめるあの子には、彼がさぞかし素敵な王子様に見えたことだろう。
羨ましい――……。
ふと、そんなことを思った。
出会い方や王子様の雰囲気だけに拘っている自分は、何か大切なものを見過ごしてきたのではないか。何か大切なものを失ってきたのではないか。
そんな気がしてならなかった。
感情が静かに灰になっていく。パンケーキに差していたフォークをさらに奥へと突き刺し、切り分けることもせず、そのまま思いきり頬張った。折角の可愛らしく盛り付けられたベリーとソースが、あたしのやり場の無い感情を一身に受けてべちゃべちゃになり、見る陰もなくなった。
そして、頬張りすぎたパンケーキがよく咀嚼されないまま喉の奥へ奥へと押しやられ、ついには気道を塞いでしまった。
「――んぐぅっ」
びっくりして、手からフォークがすべり落ちた。
店内に響き渡る金属音に、店員や客たちの視線が一気に集まる。あたしは動くことも、もちろん声を出すこともできなかった。
これがいわゆる、生きるか死ぬかの瀬戸際ってやつで、いつかは誰しも経験するものかもしれないやつで、それがなぜ今で、あたしなの。
あたしはただ、おとぎ話みたいな出会いに憧れただけ。
憧れて、叶わなくて、少しだけお姫様に毒を飲ませた魔女の気持ちが分かるって思った。
それがそんなにいけないことだったの。
――大丈夫ですか!
暗闇へ引きずり込まれる一瞬、誰かが私に駆け寄ってくるのが見えた。そこであたしの意識は途絶えた。
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