一口目 影喰い様

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一口目 影喰い様

 影喰い様…?本当にいるなら、私の願いを叶えて欲しいもんだわ!!  飯田麻里(いいだまり)は、心の中でそう吐き捨てた。  人で賑わい、ごった返す繁華街。  女友達と飲みに繰り出したのはいいが、その友達は彼氏に呼ばれ、麻里を置いてあっさりと彼氏の所に行ってしまい、一人で飲んでいても面白くなくて、早々に店を出て来てしまった。  そして、ブラブラと歩いていた時に見てしまったのだ。  自分の恋人が、他の女と腕を組み歩いているのを…。  しかも、彼氏もそうだが、その女も同じ会社。そして自分が仕事を教えた後輩だというのが、本当に最悪だ。  幸せそうに寄り添って歩く二人が向かっていく先には、確かホテル街があったはず……。  麻理は、ぎりっと綺麗にネイルを施した指を握り込んだ。  追いかけて、怒鳴り散らす…なんて、プライドが許さない。自分は何一つ悪いことなんてしていないのに見せ物になるなんて耐えられない。  二人が消えていった人混みを、睨みながら立ち尽くしていた、その時、その場でたむろしていた女子の会話が聞こえて来たのだ。  影喰い様…。もしもいるなら、人の彼氏(もの)に手を出した、あの女を懲らしめてください。どうか痛い目に遭いますように……なんてね。  麻理が方向転換して歩き出そうとした時、ドンッと人にぶつかった。  「あ…すみませ……」  咄嗟に謝ろうとして、思わず息を呑んだ。  そこには、美しい女が立っていた。  艶やかな黒髪は水にように真っ直ぐに流れ落ち、潤んだ瞳は目尻が少し下がっていて、ふっくらとした唇に引かれたルージュが光を放つ。口角の横にあるほくろに、なんとも言えない色香が漂う。  柔らかな曲線を描く体のラインに沿うデザインの黒いイブニングドレスは、左側に深めのスリットが入っていて、すらりと伸びた足がのぞく。  滑らかな光沢を放つ黒のヒールは、女性の足を一番綺麗に見せるのに適している7センチくらいだろうか…。  ネオンの光でごちゃつく雑踏の中にありながら、そこだけ切り取ったかのようにくっきりと浮いて見える。  麻理は、はっと我に返った。  女をじっと見つめたままだったことに気がつき、急に恥ずかしくなる。  「あ…えっと…」  「あなた……」  「……え?」  女は麻理の顔をじっと見つめると、人差し指を唇に当て、甘やかな微笑みを浮かべる。  「あんまり欲張っちゃ、ダメよ…?」    それだけ言うと、羽織っていたストールをふわりと舞い上がらせつつ去って行く。後には微かな甘い香りが夢のように残る。    その香りが消えそうになった時、麻理は思わず女の姿を追っていた……。           
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