3人が本棚に入れています
本棚に追加
/9ページ
麻理は、人がまばらな裏路地にある簡素な木製の扉の前に立っていた。
「Black Lilly」…黒百合の名を持つあの店だ。
この扉の向こうに、影喰い様がいる。
麻理は軽く息を吐き出すと、木製の扉を開けた…。
「いらっしゃいませ」
落ち着いた…というか少々冷たく聞こえる程落ち着いた若い男の声が、麻理を迎える。
店内は、かなり照明が落とされていて薄暗い。
入って右手には年季が入った木製のカウンター席。
奥には数席ソファー席があるだけの、そう広い店内ではない。
店内にいるのは、数人の従業員。
全員男性。黒いワイシャツに黒のスラックス。そして黒のベストという全身黒づくめで、妙に見目の良い者しかいない。
入ったものの、雰囲気に飲まれて動けなくなってしまった麻里に、再び声をかけてくる。
「あの…」
麻里がその店員に目を向けた瞬間、シルバーフレームのメガネをかけた店員の目が、スッと細められた。
「…お客様、ご予約されていますか?」
「…え?」
麻理はそんなことを言われるとは思わず戸惑う。だがそこに…
「あら…あなた…」
そこに、ふくよかな百合の香りを思わせるような甘い声が響く。
そこには、いつの間にかあの時の女が立っていた。
影喰い様……!!
雰囲気に飲まれていた麻理の瞳が、再び己の欲望を取り戻す。
「わ、私!あなたにお願いがあるんです!」
女に詰め寄る麻理を店員が止めようと動くが、すっと動いた女の視線と受けると、動きを止めそれぞれの業務に戻ってゆく。
「私に、お願い…?」
淡く微笑みながら首を傾げる女に、麻理は更に詰め寄る。
「はい!この間してくれたみたいに、またお願いしたいんです!それで…!」
更に話そうとした麻理の唇に、女が人差し指を優雅な仕草で差し出す。
「…何かをお願いするならば、それに見合う対価が必要になる…それは、わかっている…?」
「……ええ!だから!あの目障りな女、見なくていいようにして下さい!」
一気に捲し立てて荒く息をつく麻理を、女はただ、見ていた。温度の感じられない目で…。
そのうち、麻理の視界がぼんやりと濁り始める。
女の艶やかな唇が、言葉を紡ぐ。
「あまり大きなものを、ねだると…大変よ?」
麻理の意識はその言葉を最後に、とけてしまった……。
最初のコメントを投稿しよう!