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それから数日、麻理は日中、薄暗くした部屋の中から出られないでいた。
夜は外に出られるのだが、明るすぎる光は体と目が痛むため、出歩くのも一苦労だ。
会社は、体調不良を理由に休み続けてが、このままでは会社を辞めなければいけないかもしれない。
なんでこんな目に遭わなくちゃいけないの…?
その時だった。
ピンポーン…と、インターホンの音が響く。
そして、ドンドンと、扉を叩く音。
「おーい。麻理?部屋にいるのか?」
麻理は、ドアに近づいた。
「…輝明?なんで…」
「あの後どうしたのか気になって、会社訪ねて行ったら、ずっと休んでるって言うし、心配だから来てみたんだよ」
「………」
麻理は、ドアのロックを解除すると、陽の当たらない位置まで下がる。
入ってきた輝明は扉を閉め、電気をつけようと手を伸ばす。
「明かりはつけないで!」
「…は?一体どうしたんだよ」
麻理は薄暗い部屋に輝明を案内すると、これまでの出来事を輝明に話した。
「ねぇ、私、どうしたらいいの?」
「……どうしたらいいって言われてもな…。あれ?麻理。左目、なんかおかしくないか…?」
そう。左目全体が、黒く濁ってきているのだ。
「おいおい…。だからやめておけって言ったのに…」
「悪いのはあの女の方じゃない…。なんで、私がこんな目に…」
スマホが鳴る。
一番薄暗く設定したディスプレイを確認すると、彼氏だ。
麻理はスマホに飛びついた。
「ねぇ!助けて!私…!」
『麻理?悪いんだけど、俺と別れてくれ。麻理の事嫌いになったわけじゃなけど、今好きな人がさ、しんどい思いしてるんだ。だから、支えてやりたい。そういうわけだから、じゃあな』
言いたいことだけ言うと、電話を切ってしまった。
ツーツーっという音が、虚しく響く。
何…それ?なんなのよ!!
「ふざけないでよ!!なんなのよアイツら!!」
「お、おい。麻理?」
「影喰い様にお願いしてやりたい!あんた達二人をこの世から消してくださいって!!」
その時だった。
ヒールで歩く音が、聞こえてきたのは。
その音は、しばらく続いた後、麻理の部屋の前でピタリと止まる。
まさか……。
「あまり大きなものをねだると大変だと、教えてあげたでしょう…?」
扉の向こうで話しているはずなのに、そばで話をしているかのように聞こえる、その声は…あの美しい女のものだった。
「あぐぅ……!」
うめき声をあげて、麻理がうずくまる。
「ま、麻理?」
輝明が声をかけてくるが、麻理はそれどころではなかった。
何かが引き剥がされていく感覚。
それが、それが収まったかと思うと、今度は、ほんの小さな光でも針で刺されたかのように痛む。
麻理は、クローゼットに逃げ込んだ。そこは光が届かないからだ。
何が起こったの?願いが、叶っちゃったってこと?
「か、影喰い様!きいているんでしょ!?お願いは撤回します!しますから!だから…!!」
「………残念だけれど。私は影喰いじゃないわ…」
「え…?だ、だって…」
「……私の忠告は無駄だったようね…」
その言葉を最後に、ヒールの音が遠ざかってゆく…。
「輝明!彼女を止め……」
麻理の言葉が不自然に止まる。
輝明…?私に、輝明なんていう従兄弟いたっけ…?
「て、輝明…?」
首を傾げた輝明は、にっこりと笑う。
「やっと気がついた?そ。俺だよ」
輝明は、手に布のようなものを持っている。
「やっぱりさ。影は、憎悪スパイスが効いたのが一番美味いよね」
輝明は手を上げると、上を向いて大きく口を開ける。妙に長く赤い舌がのぞく。
あれは、布じゃなくて…私の影…?
「や、やめて!!」
麻理の影は、輝明…影喰いの口の中へと消える。
目を開けた影喰いの双眸は、漆黒に染まっている。
「ひっ……!」
その異様さに、息を呑んだ麻理。
「嫌だな。そんなに驚かなくてもいいじゃない。自分もお揃いなんだからさ」
影食いは、麻理に近づくと、そっと優しく両頬を包み込んだ。
その漆黒の双眸に写っていたのは、闇色の目をした麻理の姿だった。
「いやぁああああ!」
影喰いは悲鳴をあげる麻理の耳にそっと囁く。
「ごちそうさま。あ。ちゃんと、お願いは叶えておいたよ」
影食いは歩き出す。
「ま、待って!私、一生ここから出られないの…?」
振り返った影喰いは、にっこりと笑った。
「そこをよーく見てごらん?友達になってくれるかもしれないよ…?」
陽の下を歩けなくなるということは、漆黒の闇の向こうに広がる世界…人ならざる者達の世界に足を踏み入れてしまった…ということなのだ。
「ま、人のままじゃしんどいかもしれないけどね」
麻理は、見えてしまった。その漆黒の闇に広がる、その世界が。そこに蠢く者達が。
「いやああああああああああ!!!」
影食いは、そんな悲鳴を聞きながら、悠々と部屋を後にした…。
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