三口目 願い事の代償

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 それから数日、麻理は日中、薄暗くした部屋の中から出られないでいた。  夜は外に出られるのだが、明るすぎる光は体と目が痛むため、出歩くのも一苦労だ。  会社は、体調不良を理由に休み続けてが、このままでは会社を辞めなければいけないかもしれない。  なんでこんな目に遭わなくちゃいけないの…?  その時だった。  ピンポーン…と、インターホンの音が響く。  そして、ドンドンと、扉を叩く音。  「おーい。麻理?部屋にいるのか?」  麻理は、ドアに近づいた。  「…輝明?なんで…」  「あの後どうしたのか気になって、会社訪ねて行ったら、ずっと休んでるって言うし、心配だから来てみたんだよ」  「………」  麻理は、ドアのロックを解除すると、陽の当たらない位置まで下がる。  入ってきた輝明は扉を閉め、電気をつけようと手を伸ばす。  「明かりはつけないで!」  「…は?一体どうしたんだよ」  麻理は薄暗い部屋に輝明を案内すると、これまでの出来事を輝明に話した。  「ねぇ、私、どうしたらいいの?」  「……どうしたらいいって言われてもな…。あれ?麻理。左目、なんかおかしくないか…?」  そう。左目全体が、黒く濁ってきているのだ。    「おいおい…。だからやめておけって言ったのに…」  「悪いのはあの女の方じゃない…。なんで、私がこんな目に…」  スマホが鳴る。  一番薄暗く設定したディスプレイを確認すると、彼氏だ。  麻理はスマホに飛びついた。  「ねぇ!助けて!私…!」  『麻理?悪いんだけど、俺と別れてくれ。麻理の事嫌いになったわけじゃなけど、今好きな人がさ、しんどい思いしてるんだ。だから、支えてやりたい。そういうわけだから、じゃあな』  言いたいことだけ言うと、電話を切ってしまった。  ツーツーっという音が、虚しく響く。  何…それ?なんなのよ!!  「ふざけないでよ!!なんなのよアイツら!!」  「お、おい。麻理?」  「影喰い様にお願いしてやりたい!あんた達二人をこの世から消してくださいって!!」  その時だった。  ヒールで歩く音が、聞こえてきたのは。  その音は、しばらく続いた後、麻理の部屋の前でピタリと止まる。  まさか……。  「あまり大きなをねだると大変だと、教えてあげたでしょう…?」  扉の向こうで話しているはずなのに、そばで話をしているかのように聞こえる、その声は…あの美しい女のものだった。  「あぐぅ……!」  うめき声をあげて、麻理がうずくまる。    「ま、麻理?」  輝明が声をかけてくるが、麻理はそれどころではなかった。  引き剥がされていく感覚。  それが、それが収まったかと思うと、今度は、ほんの小さな光でも針で刺されたかのように痛む。  麻理は、クローゼットに逃げ込んだ。そこは光が届かないからだ。  何が起こったの?願いが、叶っちゃったってこと?  「か、影喰い様!きいているんでしょ!?お願いは撤回します!しますから!だから…!!」  「………残念だけれど。わ…」  「え…?だ、だって…」  「……私のは無駄だったようね…」  その言葉を最後に、ヒールの音が遠ざかってゆく…。  「輝明!彼女を止め……」  麻理の言葉が不自然に止まる。  輝明…?私に、…?  「て、輝明…?」  首を傾げた輝明は、にっこりと笑う。  「やっと気がついた?そ。俺だよ」  輝明は、手に布のようなものを持っている。  「やっぱりさ。影は、憎悪スパイスが効いたのが一番美味いよね」  輝明は手を上げると、上を向いて大きく口を開ける。妙に長く赤い舌がのぞく。  あれは、布じゃなくて……?  「や、やめて!!」  麻理の影は、輝明…影喰いの口の中へと消える。  目を開けた影喰いの双眸は、漆黒に染まっている。  「ひっ……!」  その異様さに、息を呑んだ麻理。  「嫌だな。そんなに驚かなくてもいいじゃない。」  影食いは、麻理に近づくと、そっと優しく両頬を包み込んだ。  その漆黒の双眸に写っていたのは、闇色の目をした麻理の姿だった。  「いやぁああああ!」  影喰いは悲鳴をあげる麻理の耳にそっと囁く。  「ごちそうさま。あ。ちゃんと、お願いは叶えておいたよ」  影食いは歩き出す。  「ま、待って!私、一生ここから出られないの…?」  振り返った影喰いは、にっこりと笑った。  「をよーく見てごらん?友達になってくれるかもしれないよ…?」  陽の下を歩けなくなるということは、漆黒の闇の向こうに広がる世界…の世界に足を踏み入れてしまった…ということなのだ。  「ま、人のままじゃしんどいかもしれないけどね」  麻理は、見えてしまった。その漆黒の闇に広がる、その世界が。そこに蠢く者達が。  「いやああああああああああ!!!」  影食いは、そんな悲鳴を聞きながら、悠々と部屋を後にした…。    
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