エピローグ

1/1

3人が本棚に入れています
本棚に追加
/9ページ

エピローグ

 男はとある店の前に立っていた。  「Black Lilly」…である。  男が扉を開けると、従業員達がこちらを見る。  「!!お前は!!」  「影喰い!」  一斉に臨戦体制に入る。  そんな中、カウンターのスツールに腰掛けていた、美しい女がスッと右手をあげると、従業員達の動きがピタリと止まった。    「今回は、私が見逃すと決めた」  「しかし…」  何か言いかけた従業員に、女が微笑むと、従業員はそれ以上何も言わずに仕事に戻る。  そんなやり取りを、黙って見ていた男…影喰いは、軽く口笛を吹く。  「さすがだねぇ。退魔師の黒沢百合香(くろさわゆりか)サン」  美しい女…黒沢百合香の座るスツールの横に、影喰いが勝手に座る。  「あなたこそ…輝明なんて、随分と皮肉な名前ね」  「そうかなぁ?おひさまか光り輝く、明るい日にこそ『影』っていうのは、濃くはっきり出るもんでしょ」  「……なるほどね」  「あ。俺、ハイボールが飲みたいな。よろしく」  従業員は、何も言わずハイボールを作り、影喰いの前にサーブする。  一口ハイボールを飲むと、影喰いは切り出した。  「で?退魔師である百合香サンは、なんで今回俺を見逃してくれたわけ?」  「……あなたには、借りがあるから」  「?借り?」  「そう。私はあなたのお陰でどうしても欲しいものを手に入れることができたの」  その時、店の奥からおずおずと、黒いゴスロリータファッションの女性が出てくる。    「ゆりちゃん…」  「すみれ…どうしたの?目が覚めちゃった?」  すみれ…ゴスロリ-タファッションの女性は、右目が禍々しいくらい漆黒に染まっている。  百合香は、優しくすみれの背を包み込むように促し、奥のソファー席へたどり着くと、すみれを寝かせ、座った自分の膝を枕として提供する。  すみれは、片方漆黒に染まってしまった双眸を安心し切った猫のように閉じる。  そのすみれの頭や頬を、百合香が慈愛に満ちた表情で優しく撫でている。    …そうか。Black Lilly…黒百合は「呪い」や「復讐」と相反する「愛」や「恋」という花言葉を持つ花だったな…。  影喰いは理解した。  影喰いが影を喰ったお陰で、すみれは人ならざるものの世界に近くなってしまったのだ。  退魔師である百合香の存在が必要な程に。  「貴方が少しかじってくれたお陰で、すみれは私から離れることが出来ない…」  慈愛に満ちた目に宿る仄暗い感情…。  「けれど…これ以上をしたら、その時は…いい子なら、わかるわよね」  すみれから、すぅっと影喰いに視線を上げ、うっとりとするほど優しく微笑む百合香の目は、しんっと冷えている。  影食いは、両手を上げて降参する。  「はいはい、わかりましたって」  影食いは、上げていた右手を胸に。左手を後ろに回すと、  「それでは、女王陛下に唯一無二の宝石を献上致しましたわたくしめに、一雫の甘露を賜りたいのですが、宜しいですよね。それでは」  芝居がかった口調でそう言い、一礼した影食いは、ハイボール代を払うことなくBlack Lillyを後にしたのだった…。    
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加