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小松春菜は病院会計の現金授受業務を担当していた。
会計計算の終わった患者の受付番号が表示された液晶ディスプレイの隣のカウンターで、銀行の担当者と2人で1日200人ほどの外来利用者の現金授受のレジ操作と対応業務を担当していた。
給料も少ないし、ほとんど丸一日の立ち仕事は大変だったが、春菜はこの仕事自体は嫌いではなかった。どの年齢層であれ、人と接するのが好きだった。
この病院はリハビリ施設が充実しており、プールでのリハビリもその1つだった。
午前の業務では、各1時間おきにプールでのリハビリを終えた患者が、一気に会計窓口に押し寄せてきた。
高齢者といえども気が若い人も多く、病院なのに高らかに笑いながら談笑している。こちらの職員の若者達の方が老けて感じるほどだった。
患者として来てるのは、人生経験の多いまぎれもない「女子たち」なのである。
春菜は愛想がよくテキパキした動作の接客をするので、常連患者たちで評判が良かった。レジの操作中もよく患者に話しかけられていた。
「娘が送ってくる孫の動画がたまって、スマホの容量が足らなくて困ってるんだよね~」
「え~!?高木さん、めちゃめちゃスマホ使いこなしてるじゃないですかー。驚きです。」
高齢者がスマホやネットサービスに疎いと思うのは、完全な若者側の完全な思い込みで、孫とのコミュニケーションツールにしている高齢者は少なくないのかもしれない。
春菜は常々、「この人達が二十歳に若返った状態で会ってみたいなー。」と妄想していた。
支払いの際取り出した財布や持ってるバッグに、かわいいキャラクターの小物が飾られてあったり、通院なのにセンスある服装で来る患者もいる。
男女に関わらず、接客の度に「二十歳の状態のこの人」を妄想しながら対応をしていた。
高木さんなんて、二十歳の時に会ってたら絶対友達になっていたと思う。
ある日、高木さんに診断書受取りのサインを書いてもらった際、
「春菜ちゃん、自分でちゃんと書類書くことできたよ。ついこの前まで全然書けなかったの。リハビリの甲斐が出てきて嬉しいよ。」
心の底から嬉しそうな高木さんの言葉に、春菜はハッとした。
いつものやりとりでつい忘れていたが、高木さんもまぎれもなく1人の脳梗塞の回復リハビリ患者なのである。
「……。」
春菜は何と答えていいのか分からなかった。
「これでもっとスマホも使いやすくなる。嬉しいわ。本当に。」
春菜は高木さんのに回復を心から願っていた。
常連患者さんたちには皆回復してもらって、通院の必要がなくなるようになって欲しい。
そんなことを思った翌日から、高木さんがリハビリに突然来なくなった。
1日、5日、2週間…待てども待てども全く高木さんはリハビリに来ない。
春菜は嫌な予感しかなかった。
この仕事の性質上、リハビリの途中でお亡くなりになる患者も少なくはなかった。
1ヶ月が過ぎた頃、いつもの通り会計業務をしていると、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「春菜ちゃん、お久しぶり。」
え…!? 高木さん??
口にこそ出さなかったが「元気でいたの?」という言葉が頭に浮かび、春菜は驚きの表情がマスクで隠れていることを祈った。
「久しぶりねー。」
高木は健康的な日焼けをしていた。
詳しく聞くと、もうすぐ80代になるので、友達と「70代の動けるうちに海外旅行へ行っておこう」という話で盛り上がり、ヨーロッパに行ってきたという。
恐るべし70代の高齢者の行動力。
私たちもあっという間に30になり40になり、そのうち高齢者の仲間入りとなる。
人間はある日思わぬ病気が発覚するし、事故で身体が不自由になることもある。明日は当たり前にやってくわけではない。やりたい事はやれるタイミングで行動する必要がある。
春菜は仕事を終えて家に帰ると、「20代のうちにやっておくこと」をノートに箇条書きで書き出した。おぼろげな理想はあったが、ここまで明確に実現への覚悟をしっかり持てたのは高木さんのおかげだ。
高木さん達はリハビリで自分と闘っている。私も日々を精一杯過ごして、悔いのない日々を紡いで行かねば。
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