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伝言☆ゲーム
暑いな。
教室の温度計が29.5度になっている。
そろそろクーラーをつけてほしいんだけど。
よりによって担任が今日は出張。
つまり今日1日は副担任が授業をしてくれる。
でも。
いつも難しい顔をしている副担任の相沢先生に言うのはちょっと怖い。
『クーラーつけてください』って。
*
公立のこの小学校にはクーラーが全教室につけてある。
各教室にリモコンがあり、職員室にも全教室のクーラーを一斉操作できるスイッチがある。
職員室から一斉操作が行われることが多いんだけれど、あつーい日──30度に到達しそうでまだぎりぎり到達してない──には各教室の判断に任されることもある。
ただ、先生の体感の問題もあって。
温度に鈍い先生と、温度に敏感な先生がいて。
担任は若くて活発な20代男性(多分20代)だから、30度にいっていなくても『先生、クーラー』って誰かが言えば『おういいぞ!』といった具合にすぐにリモコンをピッと操作してくれる。
みんな担任には言いやすい。
でも。
今日の副担任・相沢先生は、20代前半の女性で(だって去年新任でこの小学校にきたから多分20代)、温度に鈍くって。
ほぼ30度の今でさえ、長袖に長袖を羽織ってタイツをはいている。寒いのが苦手みたいだ。
しかもちょっととっつきにくい。
英語のよくわかんない長い単語みたいな感じの、とっつきにくさ。
一言でいうならば、ちょっとこわい雰囲気。
──暑いね。
──うん、暑いよね。
──誰か相沢先生に言ってよ。
──えええ。こわいもん。いやだな。
──じゃあさ、伝言ゲームで伝えない?
──最後になった子が大声で『クーラーお願いします』って言うの。
クラスの目立つグループの子たちがぼそぼそと話して、なぜだか伝言ゲームで相沢先生に伝えることが決まってしまったようだった。
*
相沢先生の授業中。
小さな小さなクスクスという笑い声。
伝言ゲームは目立つグループの中の子のメモから始まった。
メモが誰かから誰かの手に渡っていく様子がなんとなくわかる。
メモが送られる度に、クスクスと笑い声がするから。
何人もの間をメモはめぐっていって、ほぼ全員にまわったころ。
私は嫌な予感がしてきた。
まだメモが回ってきていない。
ラストいやだな。
先生に言うのって恥ずかしいし、こわい。
チラチラと周りを見渡すと、本当に私がラストの気がしてくる。
ずーんと気持ちが暗くなる。
そうしていると、ついに後ろの席からメモが回ってきた。
誰に回すかが書いてあり、つまり。
誰のところを回ってきたのかわかる。
回す宛先の何人もの名前がメモの表側に書いてある。
ただ、席から席をめぐって回すためたくさんの子の手を経由したわけで。
どこが起点でどこへ回ったのか、はっきりわからないようになっていた。
後ろの席の瀬戸くんがボソリと教えてくれる。
「これ、質問が書いてあるから答えになる子にメモを送るんだって」
「え?」
瀬戸くんから回ってきたメモをひらくと。
「ひゃ?」
文字が目に入った途端、変な声がでてしまった。
だってそこには。
『好きなひと』
って言葉が。
え、待って待って、ちょっと待って。
この質問の答えにあたる子へ回すの?
待って、これって誰から誰へのメモ?
私?
いや、ちがう。メモの表側に私の名前が書いてない。
思わず後ろを見てしまう。
なのに瀬戸くんは知らん顔。
眼鏡がキラリと反射して、暑いからか汗がじんわりと額に浮かんで。
『えええっと。待って、この様子だと瀬戸くんは関係ないのかも。え? じゃあ誰? まさかまさか私宛てってことはないだろうし。笑われるやつ? とか? 大体伝言ゲームって何よ。クーラーくらいいつでもつけさせてよ』
考えていると、頭の中で大事なことが蒸発してしまってグルグル気持ちがまとまらない。
教室の温度が5度くらいあがってる気がする。
だって大事なのはクーラーの操作であって、ううん、ちがうか。今大事なのはこの伝言の宛先と差出人であって。誰に回せばいいのかってことで。ああ、暑い。まとまらない。さらに1度、温度があがったかも。
「これ、誰にまわせばいいのお?」
つい呟いてしまった。すると、瀬戸くんがとんとんと私の背をつついてきた。
「なに?」
ちらりと振り返って聞いてみる。
「それ、まわさなくていいよ」
「え?」
そう言って瀬戸くんは違うメモを私に渡してきた。
「え?」
「読んで」
「え?」
もうよくわからずに瀬戸くんのメモを受け取る。
瀬戸くんはすっかり知らんぷりの顔になっている。
伝言ゲームはどうなってるの?
クーラーは?
もうもううう! 暑いんだけど!
意識が朦朧とするってこういうことか。
どうにでもなれって気になってくる。
メモを開こうとしたとき。
「何か質問ですか?」
相沢先生が板書していた手を止めて、私たち生徒のほうを振り返った。
「あ、いえ、なんでも」
思わず答えてしまったら、みんながため息をつくのがわかった。
あ、間違えたのか。
私、今ここで、クーラーお願いしますって言えばよかったのか。
ごめんなさい、なんだか頭がグルグルしてよくわからない。
周りのみんなの顔を見るのがこわくて、私は俯いた。
暑い。
スカートの膝あたりをぎゅっと両手で握りしめた。
暑い。
汗なのか涙なのかよくわからないものがつうううっと頬を流れるのがわかった。
ぜんぶ。
ぜんぶ、暑さのせい。
こんなになんだかよくわかんない状況なのも、暑さのせい。
暑さ?
ちがう。
このメモのせいだ。
好きなひとって何よ、それ。
そのとき。
「せんせー、クーラーつけてください」
後ろから、声がした。
瀬戸くんが大きな声で、先生に言った。
*
相沢先生は、リモコンをピッと操作した。
ちょっと渋々だったけれど。
おかげで教室はすぐに涼しくなった。
やっと頭が冷静になってくる。
伝言メモのラストは瀬戸くんだったみたい。
あ、じゃあ待って。
このメモは?
私はそっと二つ目のメモを開いた。
『ラスト1つ前が俺。ラストおまえ』
ん?
だってさっきラストだからって相沢先生に言ってくれたのは瀬戸くんだよね?
でもラストじゃなかったってこと?
私のかわりに先生にクーラーって言ってくれたってこと?
──ん?
質問はえっと、『好きなひと』。
で、答えの人に送るんだから。
えっとおおおお? これってそういう?
椅子がゲシンと後ろから蹴り上げられて、私はビクッとしてしまう。
「わかった? そういうことだから」
瀬戸くんの低い声が背中越しに聞こえてきた。
さっきパニックしていた頭がクーラーのおかげでやっと冷静になった。
のに。
『そういうことだから』って?
それってつまり?
え?
冷静になったはずの頭がまた沸騰してくる。
えええ?
振り向けば瀬戸くんがちょっと赤い顔でニヤリと笑っていた。
「今日から一緒に帰ろうぜ」
ええええ?
──まだまだ私、冷静にはなれないらしい。
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