夢の中

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 『世紀の名探偵は世紀の大量殺人者!?』そんな見出しが新聞の一面に踊ったのは一週間ほど前だっただろうか。その記事はもちろん世の中のパニックを引き起こした。それはそうだろう、全盛期には毎週新聞のどこかで名前を見るような大活躍の名探偵が老衰で亡くなって数日で出たスクープだ。亡くなったことだってしっかりニュースになるくらいには有名人だったのだ。  その記事によると、名探偵の死後、彼の屋敷は遺言通り取り壊されたのだが、壁の中やあまり開けなかったのであろう部屋からは隠すようにしてある白骨死体がいくつも見つかったらしい。名探偵の屋敷は別荘地のひときわ大きい建物であったから周辺の家は常に人がいるわけでもなく異臭騒ぎなどもなかったようで今まで発見されなかったのだろう。墓地でもないのに一か所からこんなにも大量の人骨が見つかっては事件性がないとは言えない。警察は名探偵を失った状態で捜査を開始したらしい。  名探偵が殺人なんてするはずがありません。あの人はすごい人です。それは追っかけをしていた僕がよく知っています。  あの人に最初に会ったのはとあるパーティーでした。いえ、会ったなんて正確ではないかもしれません。ただ、あの人が事件を解決する現場に居合わせたんです。あの頃の僕はまあある程度金を持った親に連れられて似たように金を持った人たちの集まるパーティーによく行っていましたからね。そのうちの一つで殺人事件が起きたんです。しかもそれは犯人によって予告されていたらしくて、だからあの人も主催者に呼ばれて出席していたらしいです。  名探偵の解決を見たことがありますか? 僕はあの人の追っかけとして何度も見てきました。けれどやはり僕にとってはあの最初に見た事件の解決こそがもっとも鮮やかに見えました。死体を見て、その周囲に集まる参加者たちを見回して、それで一言、君だねと。そう言われた人は泣き崩れてそのまま抵抗することもなく警察に連れて行かれました。確かに犯人で証拠もいくつも残っていたとあとから聞きました。そのときから僕の憧れはずっとあの人なんです。  確か、あの人の屋敷って中古の別荘でしたよね。だからきっと屋敷にあった死体のことなんてあの人は知らなかったんです。いえ、知っていたのかもしれませんが、それでも多分事件性がないから黙っていたんです。ええ、きっとそうです。あんなに優秀な名探偵が気付かないなんてことあるかなとは思っていたんです。でも気付いていても言う必要のない場合だってありますよね、きっとそうなんです。だってそうでなきゃ建物を壊すような遺言を残さないでしょうし、それにあの土地を売って得たお金は残った遺産と一緒に寄付するなんて、人格者じゃないですか。だからやっぱりあの新聞には抗議しなきゃいけないんです。  名探偵? あいつのことをそう呼ぶのはあいつが活躍してた頃から俺は反対だったんだ。あいつのせいで現場はひっかきまわされて、証言を聞こうにもあいつがかなり影響してるせいで正確な証言なのかを疑わなきゃいけなくなったことすらあるんだ。多分警察にはあいつのことを嫌いな人間が世の中の割合よりかなり多く存在してるぞ。  死者を悪く言うもんじゃない? いやまあ俺だっていつもならそうしてるよ。ただ今回あんなものが見つかっちまって気がたってる部分があるんだろうさ。あと、俺に関してはあいつに直接嫌いだとか邪魔するなだとかいろいろ言ってたから、まあ直接言えなくなった分ってことにならねえかな。あいつのせいで今てんやわんやなんだから愚痴の一つ二つくらいな。まあこんなところでは言うべきじゃないんだろうさ。  あいつのめちゃくちゃさなら、殺人くらいやっててもおかしくないと思ってるよ。あの白骨死体全部だったらさすがに驚くけども、それでもあれの内半分くらいって言われたらまああいつならやったかもしれんくらい思うさ。それくらいあいつはめちゃくちゃで、俺たちは苦労してたんだ。そもそも、解決した事件の中にもあいつがやった事件があるんじゃないか? それを他人のせいにしたんじゃねえか? とかそういう検討は忘れちゃいけねえよな。まあさすがにそれはあいつの名誉丸ごと潰す上にあいつの推理で捕まえた犯人が違う可能性があるってことだから俺たち警察の失態にもなるし慎重に検討しなきゃいけねえけども。前者の理由が軽く聞こえる? いやまあ後者が重要なのはそうなんだが、前者を軽く扱ってるわけじゃねえよ。俺たちだってあいつのことは嫌いだが、あいつがそこまでするような人間だったかというとそうでもねえだろと思うわけだし。  まあ俺たちはちゃんと調べるよ。あいつが解決した事件も、あいつの屋敷の白骨死体も。あの屋敷は墓じゃねえんだ、たとえ死体の死因に事件性がなかったとしてもあそこに誰にも言わずに放置するのは死体遺棄とかそういうのに問われる可能性があるってあいつがわかってなかったわけでもないだろうし。  あいつは性格がねじ曲がってますからね、それは助手みたいな立ち位置だった私がよく知ってますよ。だからあいつのことを嫌いこそすれ憧れるべきではないですよ。あいつが事件を解決できるのはきっと犯人よりも性格が悪いからです。だから犯人が思いつくようなことを全部なぞることができて、それでいてたまにああすればよかったのにということまで言ってたんですから。  あいつとの関わりももう何十年ですかね。社会人になってすぐくらいで知り合って、それからすぐあいつは名探偵として有名になりましたから。私はかなり自由に動ける仕事だったのであいつに旅に誘われるとほいほい行っていました。まあそのせいで無駄に事件に遭遇することも多かったんですけどね。あいつが関わってる旅行で事件の影がなかったものなんてないんじゃないかというくらいいつも事件がありました。そりゃあ新聞に毎週名前が出てくるわけですよね。  あいつが性格悪いって話はしましたよね。それでも、あいつが指した犯人たちに間違いはないですよ。そうでなきゃなんでああ簡単に自供してるんですか。それに、大勢の前で披露する推理は所々端折ったものですからね。その端折ってない部分は私に聞かせてくるんですよ、雑談みたいに。しかもその中でも食欲をなくすようなあたりをわざと食事中に話して私が食べられなくなった分をあいつが食べるというのも何度あったことか。性格が悪くて食い意地が張ってるんです。まあそういった端折った部分の雑談はある程度メモしてありますしそのノートを見ればあいつの推理が間違ってないと確信できますよ。え、警察ですか? ああ、あいつの解決した事件も調べなおすんですね。じゃあノート一応見せてみますか。あいつと一緒に行動してたおかげで警察の知り合いも増えちゃいましたからね。  屋敷の白骨死体についてですか。あいつ、謎を解いても結果がついてこないときは誰にも言わないことがあったんですよね。私が聞いても答えてくれないこともあって。そうそう、聞きたくないことは聞かせてくるし聞きたいことは聞かせてくれないんですよ。そういうところですよね、性格がねじ曲がってるというのは。きっとあの白骨死体もそういう結果がついてこない何かだったんじゃないですかね。結果って言うのは、私が勝手にそう言っているだけであいつが言ったわけではないです。ただ、披露する推理はあいつの中で何かの基準を満たしてるんですよね。ただそれを教えてもらったことはないです。だから私はその基準を知らないですし、それを推し量ることもできないです。まあわかってることと言えば、その基準は金とか名誉とか犯人の逮捕とかそんな単純なこと一つで構成されたものではないってことくらいですかね。そう言ったものが基準だとすると説明のつかないことがいくつもあったんですよ。ただまあ、白骨死体を知らなかったなんてことはないと思いますよ。あんなのでも名探偵なんで。 「そういえば、あなたは?」  その言葉がようやく彼の口から出てきたことで僕は呆れてしまった。君はこんなにもぺらぺらと喋ってる相手のことをよくわかっていなかったのかね。 「全く……僕のことをわからないのはともかくね、それを今更聞くくらいならここはどこかということも聞いておいた方がいいよ」  この喋り方一つで伝わったようだ。僕の助手は僕に関することだけはよく知っているからね。 「じゃあどっちかは夢ですか」 「僕は死後の意識の継続なんて信じていなかったのだけれどね」 「ああ、こっちが夢なんですね」 「君は僕にまだ生きていてほしかったのかね」  そう言うと彼はとても嫌そうな顔をした。好き勝手言ってくれるなとは思ったものの彼が言った僕の評価は間違っていない。性格が悪いからこういう顔を見るのが楽しいのだろう。 「あんたに聞きたいことがまだあったんですよ。それにあの屋敷の白骨死体だって」 「ああ、そうだね。白骨死体は君の言う通り知っていたし、いろいろ考えて誰にも言ってなかった。そして今もその理由を言う気はないよ」 「じゃあなんで私の夢に出てきてるんですか」 「僕に憧れた青年がいただろう、覚えてるかい? 彼にちょっと言っておいてほしいんだ。君だって人格者になれるよ、って」 「どういう意味ですか」  それに答えず振り返る。多分こっちから帰れるだろう。僕は楽しいことしかしたくないんだよ。だから次はどこへ行こうかな。
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