第十九話

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第十九話

 一人暮らしの家に帰り、鞄に入ったままの紙を取り出した。羽場の心の内がわかる唯一の手がかり。  これを読んだらもう逃げられない。    一呼吸を置いて指でなぞる。  『おれは あいつを ゆるさない』  『あいつに ふくしゅー する』  点字からは憎しみが溢れ出し黒く染め上げている。 星空のようにやさしい光はない。その光を奪ったのは浬だ。  記憶がすべて戻り、罪悪感でのたうち回った。こんな人間生きていてもなんの意味もない。  何度も泣いた。  過去の行いを悔いた。  でもどんなに嘆いても涙を流しても浬の罪はなくならない。  羽場はどんな気持ちで浬のそばにいてくれたのだろう。  憎むべき相手の浬にどうしてやさしくしてくれたのだろう。  そのやさしさにつけこんでさらに深く傷つけた。最初からすべてを話してしまえばこん なことにはならなかったのに。  浬は横断歩道の真ん中で立ち止まった。  信号がなく、車と歩行者の意志疎通で成り立っている簡素な歩道は車の往来が激しい。  あの日のように雨が降っている。髪が濡れ、鼓膜を鈍らせる。  大型トラックが猛スピードでカーブを曲がってくるのが見えた。けたたましいクラクションがくぐもって聞こえる。こうすれば償いになるだろうか。  浬が事故に遭えば、羽場はすっきりするかもしれない。  ブレーキ音で我に返り、寸前のところで脇に避けた。 両親の顔が浮かびまた悲しませるのかともう一人の自分が問いかけてくる。  死んだってなにも解決できない。  (羽場くんとちゃんと話しをしないと)  蔑まれても罵られても殴られてもきちんと向き合わないと前に進めない。  だって色んなものから逃げてきた結果なにも得られなかった。  肩が小刻みに震え、膝が笑っている。  怖くて仕方がない。好きな人に嫌われにいくなんてどうかして いる。  いや、元々嫌われていたから関係ないのか。  ここでじっとしてもなにも始まらない。  また殻に閉じ籠もったら、同じことの繰り返しになる。  いまが歩き出すときだと浬は顔を上げた。
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