出会い

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出会い

 あれは私が7才のとき。    小さいけれど手入れが細かく行き届いている美しい庭園を私は発見していた。  特にこの薔薇の花壇を作った人は優しい人だと思った。華やかさの中に悲しみも淋しさも感じられ、そしてその感情を包むような配置でいろんな色の薔薇が植えられていたからだった。  見れば見るほど惹かれる。  幼い私は、どれくらいその庭園で薔薇を見ていたのだろう。    そうそう。  あれは誰かのお葬式をするって急に祖母に言われて無理やり遠い国へ連れて行かれたんだった。  初めて来た知らない場所で、国葬とかいう葬儀の時間、じっと静かに座っていることが辛くて私はあの薔薇の裏庭に逃げていたんだった。    私が生まれる前に祖父は亡くなっていた。確か30代。  そして私の父は暗殺された。  やはり30代だった。  そうだ、あれは父と一緒に亡くなった人の葬儀だった。  そしてあの直前に私は祖母から自分の運命を教えられていた。 「おばあさま、お父様を生き返らせて下さい。おばあさまはすごい魔法使いって聞いています。これからは良い子になります。おばあさまの言いなりになりますから、お父様の命を元に戻して下さい!お願いします、お願いします、お願いします」  そう言って、おばあさまに泣きじゃくって抱きついて離れなかったことがあった。  そうしたら、 「誰より、あなたより、私が一番そうしたい。それができない悔しさに、いつかあなたも心を痛めるでしょう。ナナ、魔法は何でもできるわけではないのです。花や星を人間にできないのと同じです。命を魔法では作れないのです。途切れたら、終わったら、元に戻せない」  そう言って祖母は私の前で号泣した。生まれて初めて見た祖母の涙だった。 「いい機会だからナナに言っておくね。まだ早くてどこまで理解できるかはわからないけど」  そんな言葉を前置きして、 「ねぇナナ、おまえは人類を助けるために生まれてきたんだよ。とても辛いことになると思うけどおまえしかできないことでもあるんだ。普通の人のように夢見たり、恋をしたり、そんな自由はないかもしれない。でもね、いつかはわかる日が来るからね。自分の運命の素晴らしさに」  そんなことを言われた。  私は祖母に、 「よく、わからないけど、私は将来、大恋愛して、その人と結婚するの!」  そう言ったと思う。  そうしたら祖母が急にまじめに、 「結婚もたぶん、好きな人じゃなくて必要な人とするようになる。ごめんね。でも嘘は言えない。おまえは普通の人じゃないから。今から少しずつ、その覚悟はしないといけないかもしれないね。お父さんみたいな人を助けたいと思うならね」  そう言って、また少し祖母は泣いていた。  分からない。  分かりたくもない。  でも、幼くてもなんとなく分かってしまうことが悲しかった。  母は魔法が無くて、ずっと物心ついた時から私は期待されていることを感じて育っていたから。  でも、  恋も許されない?  幼い私にはそれが一番、  悲しかった。  私は可愛らしいピンクの薔薇を見つけて花びらの真下の茎を摘まんで引き寄せた。そして目を閉じて、ゆっくり花の匂いを嗅いだ。  スゥ~~~。  甘くて、恋する未来を想像した。 「何のために生まれたって?」 「人類のためなの?」 「私の心はどうでもいいの?」 「そうだ!」 「私が死んだらどうするの?」 「終わり?」 「あきらめるの?」 「あきらめられるの?」 「なら、私が我慢する必要ある?」 「じゃあ、」 「………死んだっていいかな?」 「恋、できないなら」 「死にたいなぁ」 「大恋愛、できないなら」 「死にたい」 「お父さん、死に、たい………」 「きゃっ!」  そんな愚痴を薔薇にこっそり伝えていたら、急に、後ろから抱きしめられていた。とても細くてか弱い腕だった。  びっくりした私は腕を掴み、振りほどこうとしたけれど腕の力はかなり強かった。死に物狂いって感じで必死に抱きついていた。  そして、 「簡単に」 「簡単に死にたいって言うなよ」 「バカヤロー」 「おれが、おれがまもってやる」 「だから死にたいって言うな」 「いつか、むかえにゆく」 「おれと、恋をしようよ」 「大恋愛しよう」 「けっこん、してやるから」  そんなことを泣きながら、鼻をすすりながら、真剣に丁寧にやさしく言ってくれていたっけ。  私は意外と冷静で、実はもっと幼い頃から私はガキンチョからいつも求婚され慣れていた。でもあとから大抵は親からボコボコに怒られて近づかなくなる。 「ぼっちゃま!どこです?」 「プリンス、出棺です!」 「プリンス、戻って下さーい!」  そんな声が遠くから聞こえてきてやっと腕の力がゆるんだ。    私が振り向くと、私と同じくらいの年齢で、でも私よりかなり身長は低くて、髪は金髪で少しクセ毛で、何より彫刻のように白く整った美しい顔の少年が目の前にいた。  ドキッ!とした。  そして、ドキン!とした。  初恋?、ん?、違う違う違う。  絶対に違う。うん。    少年は本気で泣いていた。  少なくとも私にはそう見えた。  涙をいっぱいに溜めた瞳で私を見つめて何かを話そうとしたから、聞くために少ししゃがんで顔を近づけたら、 「チュッ」 「きゃっ、」  キスされた。  そして、ニコって笑って、何事もなかったように走っていった。  あの子は誰?  プリンス?  じゃなかったんだ、ね?  全部うそ?  えろガキ?! 「ハッ!」  そこで今朝は目が覚めた。  夢だけど、夢じゃない。  10年も前のことで記憶は曖昧だけど、私のファーストキスを奪った極悪人で盗人(ぬすっと)の夢だ。  それから、嫌なことは続くと言うけれど、今朝、学校に行く前に、まるで普段の会話のようにさりげなく言われた。女王である祖母に、 「今晩、結婚して貰います………」  ・・・・・ (「ええええええええ」)  心の中で「え?」を百回くらい叫んでから、フリーズした体を解かして、 「は~い!」  そっけなく祖母に返事した。  でも、祖母の顔は見ないようにした。祖母なら心を透視するかもしれないから。    あの7才の頃から決まっていた運命だから断れない。  それにしても、いきなり今晩なんて、急すぎる。  それも何となくわかってしまう。  それだけ緊急な危機が迫っていると言うことなんだと思う。  でも、私も決めていることがある。  私も、いつものように明るく玄関に向かった。 「行ってきま~す」    宮殿を出て学校に行く前に、車の窓を下げてもう一度振り返った。  最後の景色かもしれないから。  
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