第一章 罠は仕掛けられた

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 ――見かけ倒しではないのか……?  一瞬よぎった思いを、蘭は慌てて振り払った。どうせ、有権者向けのアピールだ。それに、白柳がどんな人物かどうかは、今関係ない。蘭が今すべきことは、彼を籠絡し、とある目的を達成することだ……。  講演が終わると、聴衆は我先にと白柳に群がった。皆、サインや写真が目当てだ。蘭は、さっさと会場を後にした。スマホをチェックすると、一通のメッセ―ジが来ていた。今回の計画の仲間、稲本(いなもと)からだ。 『仕込み完了』  蘭は、人目を気にしながら、会場付近の小部屋へと向かった。あらかじめ調べておいた、白柳の控え室である。物陰に身を潜めて部屋の様子をうかがっていると、しばらくしてバタンと扉が開いた。一人の男が、血相を変えて飛び出していく。白柳の秘書だ。稲本が、嘘の情報でおびき出したのである。これで室内は、もぬけの殻のはずだ。  ――後は、これを使って……。  蘭はほくそ笑むと、鞄から錠剤を取り出した。極秘ルートで入手した、即効性の発情誘発剤である。  発情したオメガと接すると、アルファもまた発情(ラット)状態となる。本能に突き動かされて、目の前のオメガを求めてしまうのだ。蘭は、それを利用して白柳と関係を持つ心づもりだった。  とはいえ、そうタイミング良くヒートが訪れるとは限らない。しかも、通常のオメガなら数ヶ月周期で迎えるはずの発情期が、蘭は一年に一度あるかないかなのだ。いわゆる不順、というやつだろう。治療すれば治るのだろうが、蘭にその気はなかった。これまで仕事一筋で生きてきた蘭からすれば、厄介な発情期なんて、ない方がラッキーなくらいだったのだ。  ――だからこれで、疑似発情(ヒート)を起こす……。  蘭は、誘発剤のパッケージを破いた。だが、口に運ぼうとしたその時、違和感を覚えた。何やら、躰が火照るのだ。下腹部が疼くような感覚もある。まさか、と蘭は思った。  ――本物のヒートがきた……?
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