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ともかくも張天師が東京へ向かったと聞き、大尉は安心し、竜虎山の絶景を見物したり、清宮の中を見て回ったりして時間を過ごしたのである。
洪大尉は最後に「伏魔殿」と書かれた建物に着いた、
門は鎖で封じられ、印の押された札が何十枚と、鎖の上から張り付けてある。
真人が大尉に説明した。
「この建物には初代の天師によって魔王が封印されております。それから代々の天師が新しいお札を貼り、決して門を開けてはならないことになっておるのです」
洪大尉はそれを聞くと深く考えもせず言った。
「門を開けよ。魔王がどんなものか、このわしが見てくれる」
「なりませぬ。そのようなことをすれば、魔王やその仲間たちが逃げ出すことになりますぞ」
「くだらぬ。魔王の名前を出して、天師道の名を売ろうという魂胆であろう。わしは騙されんぞ。言うことを聞かなければ、度牒(道士の免許のこと)を取り上げてくれる。さあ、さっさと門を開けよ」
やむなく門が開けられ、大尉が中に入ると建物の中央に石碑があるだけである。石碑の表には古代文字による呪文、裏にはこう刻まれていた。
「洪が門を開けよう」
大尉は大喜びで叫んだ。
「見よ。これでもわしが開けてはならぬと言うつもりか?」
大尉の命で石碑を倒し、その下を掘り起こしていくと、大きな青い石畳が出てきた。
石畳をどかしてその下を掘り起こせば、大きな穴が開き、たちまち轟音と共に巨大な黒煙が噴き出して、伏魔殿を破壊したばかりか空高く立ち上り、無数の金色の光と化して四方へ飛び去っていったのである。
道士たちは逃げ回り、或いはひっくりかえり、念仏を唱え、洪大尉は言葉もなく立ちつくしている。
真人が大尉に告げる。
「困ったことになりましたな。天罡星十六、地煞星七十二、計百八の魔王が、全て逃げ出してしまいました。今に恐ろしいことになりましょう」
洪大尉は震えあがって真人に懇願する。
「このことが帝に知れたら、この洪信、大変な罰を受けることになります。天師道の教えは人を活かすことにあり、人を殺めることにあるはず。どうかご内密に」
「ご案じなさりますか。魔王とか、そのような話、どなたがお信じになりましょう。だが大尉殿はいずれ、子々孫々から大きな怨みをうけることになりましょうな」
洪大尉が真っ青になって都に逃げ帰ってみれば、既に張天師には七日七夜の儀式を催し、護符を配って悪疫退散。既に都を去っていた。
これこそ、数十年の歳月の後、徽宗皇帝の代となり、百八の魔王が甦り、山東の梁山泊に立て籠もって朝廷を震撼させることになる『水滸』の発端である。
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