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四葉(よつば)のおじいさんは喫茶店を経営していた。
それは住宅街の路地の奥にひっそりと立つ小さな店だ。
レンガ造りの店に入るまでの短い小道には、白い薔薇のアーチがあった。庭には小さな花弁をつけたカモミールや薄紫のラベンダー、ミントなどが森のように繁って鼻に抜ける爽やかな香りを放っている。
店の中に入ると、木張りの床と壁は相当年数が経っているのにぴかぴかに輝いている。
飴色の椅子に、よく磨き込まれたテーブルは、店の中に4卓しかなく、こぢんまりとしている。
庭には、ハーブに隠れるように白い椅子とテーブルが密やかに佇んでいて、庭でもお茶を飲むことができた。
コーヒーはおじいさんのオリジナルブレンドだ。褐色の液体はチョコレートのように甘くて、華やかな香りがする。
ガラスのポットで注ぐ楔石のような色のハーブティーは、庭で摘んだフレッシュなものを使って淹れてくれる。
しっとりとしてほのかに甘いチーズケーキや、焼きたてのスコーンもおじいさんの手作りだった。
時代が遡ったようなレトロな店内なのに、テーブルの上のシュガーポットにも、店内の白磁のティーセットの並んだ棚にも、埃ひとつなく美しかった。
私は、小学校4年生のとき、四葉に誘われて初めてこの店に行った。
庭の真っ白な椅子に座ってハーブティーとチーズケーキをいただきながら、私はただただ感嘆するばかりだった。
同じ町にこんなに綺麗な場所があるなんて思わなかった。しかも誰かに見せびらかすように建っているんじゃない。ぽつりと、そうであることが当たり前のようにそこに建っている。
「どう?俺のじいちゃんのお茶、美味しいでしょ」
四葉はいつものように柔和な笑顔を浮かべて私に言った。
「すごいわね、ここ。神様の箱庭みたい」
私は思わずそんなことを言った。
「箱庭?」
「うん、なんか神様が自分のために作った秘密の場所。そんな感じがする」
いま思えば、すべては四葉のおじいさんが手間ひまをかけたから存在しているのだとわかるけれど、当時の私には店のものがすべて魔法で出来ているような気がしたのだ。
それを聞いた四葉は嬉しげに微笑む。
「へぇ…俺、その言葉すごく気に入ったよ。文ちゃん(あやちゃん)」
まだ私よりも背の小さかった四葉はそう言って微笑むと手をめいっぱい伸ばして私の頭をそっと撫でた。
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