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あの店は、いまはもうなくなってしまった。
四葉が中学2年生のとき、おじいさんが肺がんで亡くなって、喫茶店は閉まってしまったのだ。だが、四葉と四葉のお母さんが毎週、庭の手入れをしに行って、あの庭は私たちが高校生になる、いまでもずっと残っている。
*
「あの、そこに立って話されると迷惑なんだけど」
私は黒板消しを片手に、教卓の前でおしゃべりをしている男子たちに向かって言った。
男子たちは唇を尖らせると、散り散りに机のほうへ移動する。
「梶山ってほんとうるせーよな」
「真面目ちゃんなんだよ」
と男子のぶつぶつ言う声が聞こえてきたが、私は無視する。
黒板消しで、チョークの跡を消していると、制服のシャツの袖を折り曲げながら、四葉が声を掛けてきた。もう初夏になり始めていて、教室の中は蒸し暑い。
「文ちゃん、もっと優しい言い方しなくちゃ。文ちゃんは根はいいこなのに言い方に問題があると思うんだよね」
「私はこのままでいいんです。…四葉はいいわよね。ふわふわ~っとしてるから女の子にもモテるし」
「え?俺モテてないよ?」
「自覚なしかい」
と私が呟いている間に、四葉の回りには女の子の群れができあがった。
「四葉くん、今日はどこでお昼食べるの?」
とひとりの女の子が四葉の腕にまとわりついている。
「今日は、中庭で文ちゃんとお昼だよ」
「いっつも梶山さんとじゃない!私とも食べて!」
私は冷ややかな目線を向ける。四葉は何も気づかずに呑気に返事をする始末だ。
「いや…文ちゃんは幼馴染みだし、昔からお弁当は文ちゃんと食べるって決めてるんだ」
「なにそれ!ずるーい!」
と女の子の視線が私に向く。私は勢いよく首を曲げて、その視線をかわした。
「(四葉のせいでこっちにとばっちりじゃん…。ちょっとは女の子に好かれてるってこと自覚しろっつーの!)」
と私は心の中で呟きながら無心で黒板を磨き続ける。
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