箱庭の守り人(はこにわのもりびと)

2/12
前へ
/12ページ
次へ
 あの店は、いまはもうなくなってしまった。  四葉が中学2年生のとき、おじいさんが肺がんで亡くなって、喫茶店は閉まってしまったのだ。だが、四葉と四葉のお母さんが毎週、庭の手入れをしに行って、あの庭は私たちが高校生になる、いまでもずっと残っている。  * 「あの、そこに立って話されると迷惑なんだけど」  私は黒板消しを片手に、教卓の前でおしゃべりをしている男子たちに向かって言った。  男子たちは唇を尖らせると、散り散りに机のほうへ移動する。 「梶山ってほんとうるせーよな」 「真面目ちゃんなんだよ」 と男子のぶつぶつ言う声が聞こえてきたが、私は無視する。   黒板消しで、チョークの跡を消していると、制服のシャツの袖を折り曲げながら、四葉が声を掛けてきた。もう初夏になり始めていて、教室の中は蒸し暑い。 「文ちゃん、もっと優しい言い方しなくちゃ。文ちゃんは根はいいこなのに言い方に問題があると思うんだよね」 「私はこのままでいいんです。…四葉はいいわよね。ふわふわ~っとしてるから女の子にもモテるし」 「え?俺モテてないよ?」 「自覚なしかい」   と私が呟いている間に、四葉の回りには女の子の群れができあがった。 「四葉くん、今日はどこでお昼食べるの?」  とひとりの女の子が四葉の腕にまとわりついている。 「今日は、中庭で文ちゃんとお昼だよ」 「いっつも梶山さんとじゃない!私とも食べて!」  私は冷ややかな目線を向ける。四葉は何も気づかずに呑気に返事をする始末だ。 「いや…文ちゃんは幼馴染みだし、昔からお弁当は文ちゃんと食べるって決めてるんだ」 「なにそれ!ずるーい!」  と女の子の視線が私に向く。私は勢いよく首を曲げて、その視線をかわした。 「(四葉のせいでこっちにとばっちりじゃん…。ちょっとは女の子に好かれてるってこと自覚しろっつーの!)」  と私は心の中で呟きながら無心で黒板を磨き続ける。
/12ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加