姫と黒い鏡

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 でもね、鏡。  私もう一つ気づいてしまったの。  バルコニーから見える美しい景色の中に、前はあったのに今は無いものに。  それはいつも私のことを遠からず近からず見守ってくれていて、そして私に一番、誰よりも心に寄り添ってくれた存在。    姫は鏡の前で微笑んだ。  鏡はその顔を知らない。  初めて見た、恥じらいを含むなんとも言えない色香を乗せた微笑み。    何故あなたはそんな顔をしている?  あなたに美しいだけじゃない微笑みを浮かばせたものは何? 「鏡よ、私の最後の悩みを聞いて。私はどうやら、好きな人が出来たみたいなの」  鏡は何も答えない。  それでも姫は続けた。 「私、その人と一緒に国を守りたい。その方は私の心を救ってくれたから。私、幸せになれるかしら?」  ややあって、鏡は答えた。 「姫よ、私の最後の魔法をお受け取り下さい。私はあなたの幸せを、どこにいようとも祈っております」 「なら私と結婚してくださらない? 鏡の中の、魔法使い様」  突然鏡が割れた。  中から現れたのは、自ら鏡の中に封印された一人の魔法使いの男。  姫を救いたい一心で、誰も解けるはずのない魔法を自分にかけてしまったガルドラが、ただ茫然とそこに立っていた。 「見つけたわ、ガルドラ。私気づいたの。世界は美しいのに、あなたが欠けていることに」  スヴァルトヘルムは今日も美しい。  それは恐らく、黒い感情を穏やかに受け入れることの出来る心の強い姫が、最愛の人と共に永劫の平和が永劫たるよう愛をもって守っているからだろう。  時折くじけそうになった時、そっと手を差し伸べるのは愛する夫となった、才ある魔法使い。  彼は彼の一番の魔法、一途な愛情で、今日も姫の笑顔を守り平和と安寧の中にいる。
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