姫と黒い鏡

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   ある日、この王国に住む一人の無謀な剣士が己の腕を試すため神の社を守る竜に戦いを挑む。  傲慢で愚かなこの男に当然竜は怒り、神々にスヴァルトヘルムを寵愛することを止めるよう進言する。    国王と王妃は、国の平和が終わり神々に見捨てられることを恐れた。  竜にどうか神々にこのことを告げるのは控えて欲しいと懇願した。  竜は彼らの要求を飲んだが、同時に彼らも腹の中に飲み込んだ。  国王と王妃に、国の長としての責任を取らせたのだ。  それ以来、姫は嘆きの中にいる。  常にあったあの笑みは消え、一つの湖が出来るのではないかと思うほど泣き濡れる毎日。  ガルドラの心もまた、姫の悲しみと共に張り裂けそうだった。 「耐えられない。姫の笑顔のないこの世など、神々に見捨てられたも同然ではないか」  魔法の才に優れた彼は、なんとか姫の笑顔を取り戻そうと、魔法の鏡を作った。  そして、遠くから見守るだけだった姫に、彼はこう言った。 「ファグルディス姫、どうかこの鏡に悲しみを映して下さい。あなたの嘆きも苦しみも、全ての黒い感情は等しくこの鏡が吸い取りましょうぞ」  姫は何の変哲もない姿見の前に立った。  かつての美しさの欠片もない自分が映っていた。  目は落ちくぼみ、頬はこけ、髪はいつ手入れをしただろうか。  瞳も溶けてしまいそうなほど泣きはらした姫は、悲しみを鏡に打ち明けた。 「愚かな男のせいで、私のお父様もお母様も竜に食べられてしまった。男が憎い。竜が憎い。なぜ父と母が。二人が不憫で無念で仕方ない。二人が恋しい。二人に会いたい。私から両親を奪った全てが許せない」  誰にも話さなかった黒い感情は、美しかった姫の中に暗雲のように立ち込めていた。  胸の内を話すと、姫の表情は少しばかり和らいだ。  満月が三回訪れる間常に濡れていた姫の顔が、この時やっとすっかり荒れた肌を乾かした。
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