姫と黒い鏡

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 姫は毎日鏡に語り掛ける。  誰にも聞かせない黒い感情を吐き出す度に姫の表情は明るくなり、黒い感情を映し出した鏡はその都度薄墨でも流したかのように変色した。  満月がさらに三回訪れた。  姫は城のバルコニーから、豊かな自然の広がる国土を眺めていた。  父と母が命をかけて守ったこのスヴァルトヘルムは、今日も春のような幸福に包まれ光り輝いている。    心を浄化するようなその景色に、姫はうっすらと笑みを浮かべた。  この大地が美しくあるのは、両親のお陰なのだ。  父と母の命は、この国の永劫の平和を永劫たるものにしてくれたのだ。 「ああ、姫よ。あなたこそが光。国王と王妃が守りたもうたこの国を照らすのはあなたの微笑み。美しきあなたの慈愛で、今日も世界と私は満たされる」  バルコニーを見上げるガルドラは、再び彼女に笑みが戻ったことに胸を撫でおろした。  しかし彼女が笑みを取り戻した翌日も、その翌日も、彼女は最早何を映しているのか分からない程真っ黒になった鏡の前に立ち続ける。 「鏡よ聞いて。私不安なの。お父様とお母様のいなくなったこの国を、今度は私が守らなくちゃ。とても怖いの。私も竜に食べられてしまったらどうしましょう」 「鏡よ聞いて。昨日怖い夢を見たの。恐ろしいことの前触れだったらどうしましょう」 「鏡よ聞いて。民が不満を抱いているらしいの。私に(まつりごと)は難しいわ。そんなに責められても困ってしまう」  鏡は小さな不安も不満も恐れも憤りも聞いてくれる。  姫は心に立ち込めそうになった黒い感情を聞いてもらうと安心し、また鏡を少し黒くすると安堵した表情で戻って行った。
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