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しかし、満月が三回昇ってもその時は来なかった。
ただ、壊れた姫がそこにいた。
ファグルディス姫、私はあなたを救えないのか。
あなたの笑みが見たい。ただそれだけなのに、どんどん遠ざかる。
私の生きがいはあなたの慈愛の笑みが全て。
それがない世界など、地獄に等しい。
姫よ、すまない、すまなかった。
あなたを壊したのは、他の誰でもない私だ。
姫の部屋からは魂を引き裂かれそうな悲鳴が聞こえる。
城中の鏡を覗いては、「違う!」と叫ぶ。
使用人の靴音に怯え、鳥の羽ばたきを恐れ、花弁がはらりと落ちるのに嘆いた。
ある朝、姫は部屋に新しい姿見があることに気づいた。
姫は狂喜する。
「戻って来たのね……ずっとどこへ行っていたの……もう私を一人にしないで!」
城にまた姫が黒い感情を吐き出す鏡が現れたが、バルコニーを見上げる魔法使いの姿は消えた。
「鏡よ聞いて。この世は怖いことばかりなの。誰も私を守ってくれない。あなただけよ、私の心を受け止めてくれるのは」
姫は陶酔したように鏡に寄りそう。
まるで恋人のように鏡合わせの姫がお互いの手を合わせていた。
「ファグルディス姫よ、あなたの黒い心を受け止めましょう。ただし私が受け止められるのは一日一つの黒き心。さあ聞かせて。あなたの心を黒く塗りつぶすものの正体を」
鏡が答えた。
姫は鏡の中の自分を見つめる。
鏡の中の姫も自分を見ていた。
あなた、お話できるのね。
一つしか聞いてくれないけど、会話が出来るって素晴らしいわ。
姫の手が愛おし気に鏡の表面を撫でる。
鏡の姫は、姫の手を愛おし気に撫でていた。
カツ カツ カツ……
鏡との再会を喜んでいると、扉の外を使用人が通り過ぎた。
姫はその音に恐れおののく。
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