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姫は毎日鏡の前に立つ。
そして黒い心も聞いてもらう。
一日一つ。
鏡が一つ話を聞くたびに、姫の心は一つ軽くなった。
いつしか化け物の足音は聞こえなくなっていた。
鏡のお陰で追い払えたのだろう。
竜の使いが彼女を攫おうとすることもなくなった。
開け放ったカーテンの向こうには、囀る鳥が三羽、仲良く羽を寄せては気ままに飛び立った。
ショールを被り恐る恐る椿を見に行った。
花は一つもない代わりに、まん丸な命の実がいくつも並んでいた。
ふと顔を上げるも、光は彼女を柔らかく撫でているだけだった。
ショールを取っても、もうその身を焼こうとはしない。
この世界に私を襲う者なんて誰もいなくなったわ。
攫う者もいないし、花が無くたって命は尽きなかった。
光は心地良く、世界を明るく照らしてくれている。
彼女はバルコニーに駆け戻った。
父と母が守った世界は、こんなにも美しかっただろうか。
浮島から落ちる滝は虹を作り、霧のような飛沫を浴びる森は光り輝き、花々は色づくことを思い出し、生きとし生けるものは強き命の躍動を伝えた。
「鏡よ、聞いて! 世界はこんなにも美しいの! あなたの魔法のおかげよ。父と母の守った世界は、また表情を取り戻したの!」
「姫よ、ご覧ください。私にももう一つ美しいものが見えます。姫よ、あなたはこんなにも美しい。心豊かなあなたは、世界と私に光と安寧をもたらす。ファグルディス姫よ、あなたはもう何も恐れることはない。あなたの心は怒りに染まろうとも、楽しさに変えていく力がある。あなたの心が哀しみに覆われようとも、その中から喜びを生むことが出来る。あなたはもう私を必要としない。私の役目は今ここで終わったのです。もう、なんの魔力も持ちません」
最初から、そんなものなかったのです。
それきり、鏡は何も話すことはなくなった。
ただその中に、美しい姫を映すだけ。
時々鏡の中の姫は、怒っていたり悲しんでいたりする。不安なこともあれば、寂しい時もある。
だけど姫は鏡に笑った自分が映ることも知っている。
黒い感情は、支配さえされなければ心の中に持っていてもいいことを知った。
それがあるからこそ、豊でいられるのかもしれない。
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