姫と黒い鏡・ビター

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 姫はバルコニーから幸福な国土を眺めていた。  その顔に張り付いた笑みはなんの感情も読み取れない、まるで仮面のようだった。  喜びは知っている。楽しみも知っている。  でも怒りも悲しみも忘れてしまった。そんなものは姫の中には残らない。  あの真っ黒な鏡が全て吸い取ってくれて、この国土と同じように、ただただ幸せな感情の中に揺蕩っているから。  姫は黒い感情の全てを鏡に映すうち、櫛が落ちた、ドレスにほころびがあった、庭の花が一つ枯れていた、いつもより少し暑かった……どんな些細な負の感情でも、全てを鏡に訴えなければ不安で不安で仕方ない、非常に不安定な精神になってしまった。  鏡に依存し、常に鏡の前にいる。  そうすれば姫の心は平穏で、怖いことなど一つもなかった。  その代わり、彼女の天の祝福のごとき笑みは、人形のようにその形を描いているだけの無機質なものになっていた。 「ああ姫よ。あなたの心はどうなってしまったのか。あの全てを愛と幸せで包み込む光のようなあなたの笑みは消えてしまった。何故だ……何故不安を取り去っても欲しい笑みは還らない! あなたから全ての黒い感情を取り払ったと言うのに!」  ガルドラは憤りのままに真っ黒な鏡を叩き割った。  この鏡ではだめだ。  黒一色で何も映すことが出来ないこの鏡では、姫の不安など払拭できない!  満月が昇るごとに、姫は正気を失った。  ただ、壊れた姫がそこにいた。  ファグルディス姫、私はあなたを救えないのか。  あなたの笑みが見たい。ただそれだけなのに、どんどん遠ざかる。  私の生きがいはあなたの慈愛の笑みが全て。  それがない世界など、地獄に等しい。  姫よ、もうここに私の愛する姫はいない。  あなたは鏡のようにすっかり壊れてしまった。  そんなもの、欠片も見たくなかったと言うのに!
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