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ばあちゃんがあんまりにも不吉だ、不吉だと騒ぐものだから僕はついに重い腰を上げた。
玄関のインターホンを鳴らす。柔らかい笑顔で出てきたお隣りさん。話したことはないけれど、僕のことはすぐにわかったよう。作務衣に草履。隣りの寺の倅だと。
「あの、余計なことかもしれませんけど」と前置きをして話しだす。
「庭の……黒い百合のことで」
お隣りさんは「ああ」と眉尻を下げた。痩せて色白でどこか陰のある儚げな人。和服がよく似合う美人さん。
黒い百合の花言葉は恨み、呪い。
お隣りさんはその花言葉を知っているのか。黒百合なんて珍しい花、その辺の花屋に売ってはいない。わざわざ準備したのはなぜか。その下に何か埋まっているんじゃないのか—。
「あたしゃ確かに見たんだよ!あの女が夜中に庭に何か埋めてるのを!そんでその上にわざわざ黒百合なんて不吉な花置いてんのを」
自分家の庭に何を埋めようといいじゃないか。と言っても聞く耳を持たないばあちゃん。
「怪しいじゃないか、あんな綺麗な女が一人でこんなど田舎に引っ越してくるなんて!絶対何かあるよ、あたしゃ気になって夜も寝れないよ」
このままお隣りさん家に乗り込んで騒がれたら面倒だと思って。
「聞いてきたかい?」
「聞いてきたよ」
「何か事情あったかい?」
「あったよ」
「ほうら、言ったとおりじゃないか」
ばあちゃん、鬼の首でもとったかのはしゃぎよう。僕はお隣さんから貰った水羊羹を口に入れた。上品な甘さに滑らかな喉越し。
「男女のもつれだろ?男を殺して埋めたんだろ?それとも浮気相手の女かい?」
「どっちでもないよ。飼ってた猫が黒猫のリリィちゃんって言うんだけど、最近老衰で亡くなって庭に埋めたんだって。ちなみに花は造花」
隣りが寺なのだから相談した方が良かったかしら、なんて気を使わせてしまった。
入れ歯をカスタネットにしてはしゃいでいたばあちゃんの動きが止まる。僕は湯呑みを手に持ち、濃いお茶を一口啜った。
「お隣さんは隣町に和菓子屋さんのお店を出してるんだ。和菓子作りが好きで水の綺麗な田舎に引っ越してきたんだって」
「なんだい、つまんない。なんか面白いことないかね。昔はもっと物恐ろしいことが色々あったんだけどねえ」
恐ろしいことねえ……。
僕は縁側から見える墓場を眺めた。火の玉、騒霊、ラップ音。今日もばあちゃんの墓友が元気に騒いでいる。恐ろしくはないけど、うるさいったらありゃしない。
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