花のように

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花のように

 なだらかな坂道の両側の土手は綺麗にコンクリートで覆われ、あの可憐だった白い花はもう見られなくなっていた。  真っ白なゆりのような清純な花だった。 黎に「ここに咲いていた可愛い白い花を覚えてる?」と聞くと 「うん。覚えてるよ。小さな真っ白な花がたくさん咲いてたよね」  そして私は思い出した。黎がきれいなお姉さんとお話していた事を。  黎はまだ覚えているのだろうか?  私には、その姿形は見えなかったけれど……。 「おばあちゃん大丈夫?」と聞く黎に 「大丈夫よ。ひ孫の顔を見るまでは元気でいる予定だからね」と言うと 「まだ先の話だな。おばあちゃんには長生きしてもらわないとね。僕には母さんの思い出は何一つないけど産んでくれた事に感謝してるよ。いつも傍に居て育ててくれたおばあちゃんにはもっと感謝してる。小学校の頃、参観日に来てくれるのが楽しみだった。黎のおばあちゃん若くて綺麗だって友達に羨ましがられてたんだよ」 「そうなの? みんな若いお母さんばかりで黎が可哀想だと思ってたのよ。お父さんが来られている子もいたけど、黎の父さんは仕事が忙しくてね」 「父さんは僕のために一生懸命働いてくれてたんだから仕方ないよ。僕が美大に行きたいって言った時も父さんは頑張れって言ってくれた。男は愛するもののために一生懸命頑張るんだって背中で教えてくれた」 「そう。そんなふうに思ってくれてたなんて知らなかった」  黎は私が考えていたよりもずっと大人だったのだと初めて知った。  その時……。風が吹いた。なんともいえない優しさを感じさせる爽やかな風が……。  道の先に、やわらかな白いシルエットが浮かび上がって……。  真っ直ぐな黒髪が風に揺れて白いワンピースの裾を少しだけ揺らしていた。  白いパンプスのヒールの音が近付いて、そして遠ざかって行った。  私よりも前を歩いていた黎に、触れ合うほどに近付き 「こんにちは」と歌うような美しい声で。 黎は「こんにちは」と挨拶をしてそのまま擦れ違った。  黎よりも後ろを歩いていた私と俊介は、顔を見合わせた。  その顔は驚きと信じられないという思いに充ちていた。  さゆりさん……。  私はともかく俊介は忘れる筈が無い。生涯でただ一人愛した女性を。  振り返ると、もう彼女の姿はどこにもなかった。  あれはきっと、さゆりさん……。 俊介の目も私にそう言っていた。  黎が振り向いて 「ねぇ。今の人、知ってる人?」と聞いた。 私は「いいえ。知らない人よ。お墓参りに来た人なんじゃないの?」 「そうか。おばあちゃんや父さんの知り合いなのかと思った」 そう言って黎は微笑んで、また歩き出した。  毎年ここで黎を待っていてくれたのね。愛しい我が子を……。  さゆりさんよりも大人になった黎を見て安心して……。  やっと自分の居るべき場所に行く覚悟が出来たのね。そう思った。  お墓参りを終えて坂道を下りながら黎が言った。 「そういえば、さっきの人、あの花と同じ匂いがしたよ」 「そうね。花のように綺麗な人だったわね」 あなたのお母さんは……。  真っ白な可憐な、風に優しく揺れる、あの花のように……。      ~ 完 ~
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